跣蹄にすることの利点は?

装蹄師以外の皆様へ

 

馬が突然跛行を呈したとき、蹄が理想的な形でないからといって安易に蹄鉄をはずすと、蹄の縁が欠けてしまい再度蹄鉄を打つことが難しくなったり、蹄底や蹄叉が圧迫されて痛みが激しくなったりする場合があります。長期間にわたって馬房内で完全休養する場合には蹄鉄をはずしても差し支えない場合もありますが、長期休養の予定がない場合には特に、本当に蹄鉄をはずすべきかどうか、担当装蹄師に相談してください。

 

蹄鉄の装着により肢端が重くなると、スイング期における蹄の跳ね上がり (※1)が大きくなる。肢端が重いために蹄が大きく振られるためだと推測される。
しかし、蹄の跳ね上がりが大きくなっても、蹄の前方への振り出しはほとんど変わらない。これは、総指伸筋と深屈筋が収縮することで関節の遊びを小さくし、着地に備えているからである。これをポインティング動作 (※2) という。

 

(※1) 蹄の跳ね上がり
一完歩の間に蹄が描く軌跡を flight arc という。

 

(※2) ポインティング動作

 

 

このように、蹄鉄を装着することで肢端が重くなり蹄の跳ね上がりが大きくなっても、総指伸筋と深屈筋が収縮することで蹄の前方への振り出しは抑えられるが、着地時の衝撃は大きくなるとされている。
ちなみに、蹄鉄を装着することで蹄の跳ね上がりが大きくなり、肢の動きが派手に見えるが、ストライドの長さは変わらない。

 

FEI (国際馬術連盟) は、重い蹄鉄を装着すると肢端の跳ね上がりが大きくなるために障害飛越において有利になるとして、障害馬術競技の国際大会における500g以上の装具の装着を禁止している。実際には500g以下であっても、230gの重りを後肢の管に装着することで後肢の肢上がりが良くなることが確かめられているが、重りを肢端に装着することで腰部の筋肉が伸ばされるため、筋力が不十分な状態でいきなり肢端に重りを装着することは危険である。

 

跣蹄にすると着地時の衝撃が小さくなる?
専門書Equine Locomotionが引用している文献をいくつか読んでみると、着地時の衝撃は、加速度計によって計測される3方向の加速度の合計とされている。

 

馬2頭の蹄壁の最大横径部にプラスチックストラップにて加速度計を装着し、アスファルト上で速歩させ、跣蹄と様々な装蹄法で着地時の衝撃がどのように変わるか調べた文献では、着地時の衝撃は跣蹄と比べ、鉄製蹄鉄装着時の方が大きかった。この実験では、革パットやプラスチックパットを蹄鉄と蹄の間に挿入することで、着地時の衝撃は跣蹄のときと同程度に小さくなった。プラスチック蹄鉄を接着装蹄した場合は、鉄製蹄鉄釘付け装蹄に比べて着地時の衝撃は小さかったが、跣蹄の時よりは着地時の衝撃が大きかった。

 

馬がアスファルト上で速歩しているとき、蹄鉄装着時には跣蹄と比べると15%大きい衝撃が蹄壁に伝わる、と報告した文献もある。これは死体13頭の左前肢13本を用いて得られたデータで、1999年に発表された。現在では倫理的にこのような実験は許容されないと思われるが、まず生きた馬1頭の蹄壁、第一指骨、管骨にネジで加速度計を固定してそれぞれに伝わる衝撃を測定し、その後その馬を安楽殺して腕節の上で切断した肢にアスファルト上の速歩を模した衝撃を与え、生きた馬と死体を用いて得られたデータでどのような差が得られるか、比較している。死体の肢でもある程度は類似する結果が得られることが確かめられた後、死体の肢13本を用いて、アスファルト上の速歩を模した衝撃を与え、@跣蹄、A蹄鉄装着時、B蹄鉄+プラスチックパット+蹄底充填剤装着時で蹄壁、蹄骨、第二指骨、第一指骨、管骨に伝わる衝撃がどのように変わるか調べた。死体13本の平均値から、蹄鉄装着時の方が跣蹄よりも蹄壁に伝わる衝撃はやや大きいが、管骨に伝わる衝撃は蹄鉄装着時でも跣蹄でも変わらない、という結果が得られた。蹄鉄装着時と蹄鉄+プラスチックパット+蹄底充填剤装着時では、あまり差がなかった。

 

生きた馬1頭では跣蹄でも蹄鉄装着時でも同様に蹄壁に伝わった衝撃のうち約72〜73%が蹄壁と第一指骨の間で吸収されていた。死体の肢13本でも同様に第一指骨に伝わる衝撃の割合は跣蹄でも蹄鉄装着時でもほとんど同じだが、蹄壁と蹄骨の間で吸収された衝撃の平均値は、跣蹄で71%、蹄鉄装着時で64%だった。蹄鉄装着時の方が、蹄壁と蹄骨の間で衝撃が吸収されにくくなるのだろうか。鉄製蹄鉄を釘付け装蹄した場合でも、着地時の蹄踵の広がりは、跣蹄の時よりも小さいと報告されている。

 

ただし、この文献をよく読んでみると、生きた馬1頭では、跣蹄の方が蹄鉄装着時よりも蹄壁に伝わる衝撃が大きい。この馬では、死後、死体の肢13本と全く同じ方法で測定しても、同様に跣蹄の方が蹄鉄装着時よりも蹄壁に伝わる衝撃が大きいという結果が得られているため、生きた馬では死体と真逆の結果が得られるという訳ではない。蹄の形や長さなどに結果が大きく左右されるということなのかもしれない。死体の肢13本の実測値でどのような差があったのか興味があるが、残念ながらこの論文には平均値しか記載されていない。

 

実験データから導き出される結論と装蹄師の意見は一致しないことが多いが、多数の実測値の平均値から導き出される結論が、全ての馬に当てはまる訳ではないことも一因なのかもしれない。

 

<参考資料>
1. Equine Locomotion p.161-164
2. M. A. Willemen et al. (1999) In vitro transmission and attenuation of impact vibrations in the distal forelimb, Equine Vet. J. Suppl. 30, 245-248
3. Roepstorff L et al. (1994) The influence of different treadmill constructions on ground reaction forces as determinant by the use of a force measuring horseshoe. Equine Vet. J. Suppl. 17, 71-74
4. Jack Murphy et al. (2009) Weighted boots influence performance in show-jumping horses. Vet. J. 181, 74-76
5. P. Benoit et al. (1993) Comparison of the damping effect of differnt shoeing by the meauremet of hoof acceleration. Act. Anat. 146, 109-113