コルチコステロイドが蹄葉炎を誘発するメカニズム

コルチコステロイドの投与により実験的に蹄葉炎を誘発できた例はないが、コルチコステロイドには蹄葉炎の発症リスクを上げる作用があると考えられる。

 

実験的に投与した場合、蹄葉炎の発症率は著しく低い。例えば、実験的に80mgのトリアムシノロンアセトニドを205頭の馬に投与したところ、蹄葉炎を発症したのは1頭のみだったと報告されている。しかし、臨床症例においては、トリアムシノロンアセトニドの関節内投与後に医原性のコルチコステロイド誘発性蹄葉炎を発症する例は多いと言われる。トリアムシノロンアセトニドの関節内投与推奨量は1関節当たり6-12mgであり、1頭当たりの総投与量が18mgを超えないようにすることで蹄葉炎の発症リスクを下げることができる、とされている。

 

コルチコステロイドが蹄葉炎を誘発するメカニズムは完全には解明されていないが、現時点で推定されている仮説の一部を以下に記す。

 

@ インスリンの作用を強力に阻害する
もともとインスリン抵抗性が上がっていた馬のインスリンの抵抗性を悪化させることで内分泌性蹄葉炎を発症させる可能性がある。したがって、インスリン抵抗性を示さない健康な馬にコルチコステロイドを投与しても蹄葉炎を誘発できないと推測される。
デキサメサゾンやトリアムシノロンアセトニドの投与後に高インスリン血症が生じることは複数の文献にて報告されている。トリアムシノロンアセトニドの単回投与(0.2mg/kg, IM)により、150時間以上にわたってインスリン濃度が上昇するとともに異常蹄輪が形成されることから、葉状層が影響を受けていると推測される。

 

A 上皮組織のタンパク質異化を促進させる
長時間にわたるコルチコステロイドの影響により葉状層の構造が弱くなり、葉状層の正常な修復過程が阻害される可能性がある。ヒトのクッシング症候群では四肢末端の上皮組織が選択的に損なわれることが知られている。ウマのコルチコステロイド誘発性蹄葉炎でも同様の変化が認められるかどうかは明らかになっていないが、デキサメサゾンは表皮葉と真皮葉を結合させるアンカー繊維の形成を直接的に阻害することが既に報告されているため、コルチコステロイドが葉状層の結合を弱体化させる可能性がある。

 

B 消化管粘膜の透過性を亢進させる
消化管粘膜の防御メカニズムを抑制して透過性を促進させることにより、蹄葉炎に罹患しやすい状態をつくる可能性がある。ヒトではストレスにより消化管粘膜内層の透過性が亢進することで、疾病の罹患率が上がることが示されている。また、実験動物では、精神的ストレスと身体的ストレスにより内因性コルチコステロイドが増加し、消化管バリアの機能不全を起こして消化管腔内の有害物質(抗原、毒素、血管作動性アミン、炎症性メディエーターなど)の吸収を促進させることが明らかになっている。

 

C グルコース輸送体に影響を及ぼす
葉状層基底細胞(表皮葉と真皮葉をつなぐ基底膜に接している表皮葉の細胞)のグルコース要求量は極めて高いため、葉状層への十分なグルコースの供給は葉状層の機能を維持するために不可欠である。コルチコステロイドはケラチノサイトにおけるグルコース輸送体の発現、転位、機能に影響を及ぼすことによって蹄葉炎発症のリスクを増大させる可能性がある。

 

D アポトーシスを促進させる
葉状層基底細胞のアポトーシスは、蹄葉炎の臨床症例や実験モデルにおける特徴的な病理学所見のひとつであり、葉状層組織片の培養液にコルチコステロイドを加えると、表皮細胞のアポトーシスが促進されることが示されている。ただし、コルチコステロイドが誘発するアポトーシスによって表皮葉と真皮葉の結合が弱くなり、蹄葉炎のリスクが増大するという確証はない。

 

<参考資料>
1. S.R. Bailey and J. Elliott (2007) The corticosteroid laminitis story:2. Science of if, shen amd how. Equine Vet J 39, 7-11
2. Equine Laminitis p.141-148
3. Equine Medicine 7 p.112-115