蹄葉炎罹患馬がインスリン抵抗性を呈す場合の栄養管理

蹄葉炎に罹患している馬がインスリン抵抗性を呈す場合、非構造性炭水化物の摂取量を抑えることが最重要だが、他の栄養素の摂取量にも気を配る必要がある。ちなみに、燕麦、大麦、トウモロコシののデンプン含有量は、それぞれ乾燥重量の45-55%, 60-65%, 65-75%であり、穀類に加えて糖蜜が添加されている飼料では45-55%に達することがある。
ヒトや実験動物では、特定の栄養素の過不足により、インスリン抵抗性が上がることが報告されており、特定の栄養素を過剰量摂取させることで相対的に別の栄養素の吸収量が下がるため、サプリメントの過剰添加は避けた方が良いと考えられる。

 

@ 乾草の選択
可能であれば、NSC(非構造性炭水化物 ※)≦12%のものを選ぶと良いと言われる。NSC(非構造性炭水化物)≦10%の乾草を必要とする馬もいる。

 

インスリン抵抗性を呈す馬の中には、アルファルファ乾草によってインスリン抵抗性が悪化する馬がいると言われる。馬の栄養学に関する知識をまとめた本 Equine Aplied and Clinical Nutrition(p.481) には、「アルファルファなどマメ科牧草は、チモシーなどのgrass hayと比べて平均的にエネルギー価が高く、NSC も多く含むため、蹄葉炎罹患馬には好ましくない」と書かれている。アルファルファ乾草の多給は避けた方がよいと言われ、アルファルファ乾草による悪影響が見られないようなら、乾草の総量の10〜20%をアルファルファにしてもよいとする意見がある。
また、同じ本のp.343には、「暖地型牧草(warm-season species)の NSC 含有量は、チモシーやペレニアルライグラスなどの寒地型牧草 (cool-season species)よりも一般的に低い」と書かれている。寒地型牧草はフラクタンを、暖地型牧草はデンプンを蓄積するそうだ。暖地型牧草の葉の NSC含有量も160g/kg以上に達することがあるが、寒地型牧草の NSC 含有量は 200g/kg DM (乾燥重量) 以上であることが多い。特にペレニアルライグラスは種によっては最大で330gWSC (water soluble carbohydrate)/kg DMに達することもあり、インスリン抵抗性を呈す馬には適さないとされている。チモシーの NSC 含有量は同時期のペレニアルライグラスより低いと報告されているが、1番草はフラクタンを多く含有していることを考慮する。

 

乾草をお湯に30分もしくは水に60分程度浸したあと、水を除去することで馬に給餌する乾草の NSC 含有量を下げることができると考えられてきた。しかし、乾草によっては水に浸してもNSC含有量がそれほど変わらない場合があることが報告されており、望ましい乾草を選択することの重要性が指摘されている。

 

(※) セルロースやペクチンなど植物の細胞壁を構成する炭水化物を構造性炭水化物といい、それ以外の炭水化物を非構造性炭水化物という。非構造性炭水化物=水溶性炭水化物(フラクタンなど) + デンプンである。馬などの草食動物では、構造性炭水化物が腸内細菌によって分解されて吸収できる形になるため、草に含まれる構造性炭水化物をエネルギー源として利用できる。肉食動物の腸内にも構造性炭水化物を分解できる細菌が存在するが、草食動物に比べて非常に少ない。

 

A 体重を落とすために給餌量を過剰に制限することは間違いである
カロリー摂取量を過剰に制限すると、インスリン抵抗性が上がることが多い。乾草のDE(可消化エネルギー)はおよそ1.4-1.65kcal/kgであり、理想的な体重(ボディーコンディションスコア5)の1.5〜2%(500kgの馬なら7.5〜10kg)の乾草を与えるべきである (肥満馬の減量プログラム)。ビートパルプを与える場合、1.5kgの乾草を1kgのビートパルプで代用できる(※3)。

 

(※3) ビートパルプは腸内微生物により分解されやすい繊維であるペクチン(構造性炭水化物)を多く含むため、食後血糖値の急上昇を抑えながら、カロリー摂取量を増やすことができるという特長がある。ビートパルプの可消化エネルギーは乾草の1.5〜2倍であるため、カロリー摂取量を増やしたい場合には、乾草の一部をビートパルプに置き換えると良い。ただし、ペレット状のものは結着剤として糖蜜が使われていることが多いため、飼料成分表に糖蜜という記載がなくても、避けた方が賢明である。糖蜜が添加されていないビートパルプの非構造性炭水化物含有率は4〜5%だが、糖蜜が添加されると非構造性炭水化物含有率が10%以上に跳ね上がる。ちなみに、ビートパルプ:米ぬか=8:1で混合した飼料はビートパルプ単体に比べて嗜好性が良いがGI値が低く(GI値とは食後に血糖値がどのくらい上昇するかを表す値で、GI値が低いほど食後血糖値の上昇が穏やかである)、ミネラルのバランスも良い。

 

B インスリン抵抗性が認められるものの、痩せている馬への給餌
顕著なインスリン抵抗性が認められるものの、痩せている、または急速に体重減少が進行する場合がある。この場合でも非構造性炭水化物の摂取量を控える必要がある。摂取エネルギーを増やしたい場合には、糖蜜が添加されていないビートパルプを与えると良いとされ、給餌量の目安は 1-2kg/day と言われる。少量の植物油を添加する方法もあるが、非常に太りやすいので、添加量を徐々に増やす。一つの目安として、1日1回1/4カップから始め、7〜10日間かけて徐々に量を増やし、必要な場合は1/2〜1カップを1日1〜2回添加する方法が提唱されている。ただし、最大量は体重1kgに対して1ml であり、植物油1mlの添加に対してビタミンEを 1-2IU 添加するべきだと言われている。
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C ビタミン・ミネラルの添加
● どのミネラルも、現在、飼養標準に記載されている必要最低量の1.5倍量を与える
● Ca:P:Mg=1.5:1:1〜2:1:1 
(高齢馬ではPの吸収率が低下するため、Ca:P=1.5:1が理想である)
● Cu:Z:Mn=1:2.5-3:3
● Cu:Fe=1:10以下
● セレニウム=1mg以下 /体重100kg
● ヨウ素=1mg以下 / 体重100kg
● クロム=0.5〜1mg / 体重100kg
● ビタミンE=400IU / 体重100kg
● ビタミンC=500mg / 体重100kg(エステル化ビタミンC=50mg / 体重100kg)
● リジン=1500mg / 体重100kg (※4)
● メチオニン=500mg / 体重100kg

 

ポニーでは高脂肪食によってインスリン抵抗性が上がることが知られている。馬では高脂肪食はインスリン抵抗性を悪化させるリスク因子ではないと言われているが、避けた方が賢明である。
また、馬以外の動物ではインスリン抵抗性を改善させる上で高タンパク食が有効だが、馬では有害である。アミノ酸(タンパク質の構成成分)の中にはインスリンの分泌を促進させるものがあるため、十分量のタンパク質を摂取することは必要だが、過剰量であってはならない。多くの乾草にはタンパク質が7.5%含まれており、体重の2%の乾草(500kgの馬で10kg)に1日に必要な粗タンパク質の十分量が含まれる。1日分の乾草が体重の1.5%(500kgの馬で7.5kg)ならば、タンパク質含有量が10%の乾草を与える必要がある (※5)。

 

(※4) 乾草は特にリジン(必須アミノ酸の1つ)の含有量が少ないため、サプリメントなどで補う必要がある。
(※5) 運動させないために濃厚飼料の給餌を必要としない場合でも、粗飼料のみの給餌ではビタミン、ミネラル、必須アミノ酸が不足するため、粗飼料に加えてバランサー、サプリメントを給餌する必要がある。

 

D 補足:サプリメント
インスリン抵抗性を改善するとされるサプリメントが市販されているが、科学的根拠は乏しい。多くのサプリメントはクロム、マグネシウム、シナモンを配合している。

 

クロムは、インスリン受容体キナーゼの活性化およびインスリン受容体チロシンホスファターゼの阻害によりインリン抵抗性を改善すると理論的に考えられてきたが、ヒトでは2型糖尿病およびメタボリック症候群におけるインスリン抵抗性をむしろ悪化することが判明した。インスリン抵抗性を呈すポニーにクロムを4週間投与し、投与前後で糖負荷試験の結果を比較したところ、インスリンの最大濃度が顕著に低下したと報告されている一方で、蹄葉炎の既往歴のある肥満馬にクロム5mg/day, マグネシウム8.8mg/dayを16週にわたって投与しても、肥満度およびインスリン抵抗性の改善は認められなかったと報告されている。
マグネシウムについては、ヒトではマグネシウム欠乏が認められた場合にのみ、2型糖尿病患者に投与すると絶食時インスリン濃度の改善が認められる可能性が報告されている。馬におけるマグネシウムの有効性を報告する文献は発表されていない。
シナモンは、ヒトや他の実験動物ではインスリン抵抗性を改善することが報告されている。シナモンはインスリンに構造が似ている。馬でも、2.2mg/kg/dayのシナモンを2回に分けて食餌に添加すると、血糖値がやや低下する傾向があると報告されているが、確かな科学的根拠はなく、更なる研究が必要である。

 

このほか、漢方薬の甘葛(Jiaogulan=甘茶蔓gynostemma pentaphyllum)は、血管内皮の一酸化窒素(血管を拡張させる)の合成を促進し、炎症性窒素酸化物の誘導を抑制するとされ、実験的にある程度の鎮痛効果が確認されている。
また、短鎖フルクトオリゴサッカライド(short-chain fructo-oligosaccharide)45g/kgを6週にわたって肥満のアラブ種に投与したところ、インスリン抵抗性の改善が認められたと報告されている。メカニズムは不明だが、イヌでは脂肪組織においてグルコースと脂質の代謝に関与する遺伝子の転写に変化が認められたと報告されている。

 

<参考資料>
1. Equine Podiatry p.374-375
2. Equien Medicine7 p.572-573
3. Equine Applied and Clincal Nutrition p.334, 343, 480-483