蹄葉炎による跛行が疑われる時、どのように対処すれば良い?

装蹄師および獣医師が到着するまでの対処法
葉状層は、通常の体重負荷に耐えられない状態に陥っている。したがって、馬をなるべく動かさないことが最重要である。また、ブーツ等を用いて球節以下を持続的に冷却する必要がある(丈夫なビニルパックに氷水を入れて球節以下を漬け込みダクトテープで固定する方法もある)。多量の敷料を馬房内に敷いておくことも非常に重要だ。砂が望ましいが、難しい場合は大量のオガ、土などを敷いても良い。蹄底に敷料が詰まるような状態にしておくことで葉状層を引き剥がす力が小さくなるため、葉状層のダメージを小さくすることができる。鎮痛薬の投与や短期休養により一時的に疼痛が鎮まる場合があるが、この時期に運動させないことが非常に重要であり、蹄葉炎の発症が疑われる場合には、少なくとも1週間は馬房内で休養させるべきであるとされる。運動によって葉状層が剥離し、蹄骨が大きく移動してしまうと、痛みが鎮まるまでに非常に長い時間が必要になる。

 

装蹄による対処法
馬房に砂を敷けない場合、ACS(Advance Cushion Support)などの蹄底充填剤を充填することで蹄骨の変位を最小限に留める必要がある。ただし、蹄骨がすでに大きく移動している場合、蹄底充填剤を充填することによって蹄骨の尖端が圧迫され、疼痛が悪化する場合がある。したがって、蹄骨の尖端が蹄底の知覚部(蹄底真皮)を突き刺すのを防ぐため、可能であればレントゲン検査を行いながら削蹄によって蹄を整える。具体的には、側望のレントゲン画像(外内側像、ラテラル像)を参考にして蹄骨下縁と蹄負面が平行になるように削蹄する。特に蹄踵を多削した場合、heel-upして深屈腱を緩ませることで蹄骨の変位を抑えるべきだと考えられるが、過度にheel-upすることは避けた方が良いと考えられる。
急性蹄葉炎では過度にheel-upしてはいけない?

 

獣医師による対処法
レントゲン検査を行い、蹄骨の変位の程度を評価する。真横から10°以上ずれていると、ローテーションが過小評価されるため、ラテラル像 (外内側像) を撮影する際には、確実に真横から撮影するよう注意する。前後像を撮影しても蹄骨の内外方向の変位を確定診断することはできないが、参考のため前後像も撮影することが望ましい。
しかし、蹄骨が大きく変位する前にレントゲン検査のみで蹄葉炎を診断することはできない。また、ローテーション型慢性蹄葉炎でも、蹄骨が一定の位置に落ち着いているにもかかわらず痛みが強い場合と弱い場合があり、レントゲン検査だけで病態を正確に把握することは難しい。そこで、蹄内の血行状態を評価するために血管造影検査(ベノグラム)を行うと良い。
レントゲン検査による蹄葉炎の評価方法
ウマ科学会 2018 : 蹄葉炎における血管造影検査の有用性について
ドクター・レドン主催の講習会に参加して:レントゲン画像を用いて蹄葉炎を早期に発見する方法

血管造影検査(ベノグラム)<獣医師向け>

 

非イオン性血管造影剤であるイオパミドール(ヨード含有量300mg/mL)を平均的な大きさの蹄に対しては20mL、中間種などの比較的大きい蹄に対しては25mL用いる。abaxial nerve block後、球節にしっかりと駆血帯を巻き、レントゲン撮影台に蹄を載せた後、21G翼状針を用いて繋部の指静脈内に血管造影剤を注入する。注入前に血液を抜去しなくても良い。造影剤を注入し終わったらすぐに外内側像→前後像→外内側像→前後像と速やかにレントゲン撮影を3回程度繰り返す。造影剤注入後の経過時間が長くなりすぎると、評価できる造影造影像を撮影できなくなるので、レントゲン撮影は速やかに行う。また、駆血帯はゴム状のものを用い、しっかりと巻くことが非常に重要である。

 

鎮痛薬を投与することにより馬が動いてしまい、葉状層の損傷が大きくなると推測されるが、疼痛が徐々に大きくなるような病態が存在する場合は、先制的に疼痛を抑制しなければ疼痛管理が難しくなる。したがって蹄葉炎でも積極的に鎮静剤を投与することで激しい疼痛が持続するのを避けるべきであり、また、両前肢が蹄葉炎に罹患しているために装蹄時に強い痛みを伴う場合には局所麻酔薬を用いて神経ブロックを行うことが望ましい。
ただし、鎮痛薬を投与し始めた後、馬房内休養を徹底するとともに、敷料に気を配る必要がある。多量の砂を敷くことが望ましいが、難しい場合は大量のオガ、土などを敷いても良い。蹄底に敷料が詰まるような状態にしておくことで葉状層を引き剥がす力が小さくなるため、葉状層のダメージを小さくすることができる。
薬物療法による疼痛管理<獣医師向け>

 

蹄葉炎の痛みはどこからくるのか
<急性蹄葉炎>
※ 学術的な定義では「蹄骨が変位したものは全て慢性蹄葉炎」とされているが、臨床の現場では海外でも疼痛が著しい跛行開始期の蹄葉炎を急性蹄葉炎、慢性化した蹄葉炎を慢性蹄葉炎と呼んでいる。ここでも疼痛が著しい跛行開始期の蹄葉炎について述べる。

疼痛を評価する方法

 

表情により疼痛の大きさを推定できる場合が多いが、疼痛の大きさをより正確に評価したい場合は、心拍数を測定すると良い。ただし当然、疼痛以外にも興奮によって心拍数が上昇するため、馬が落ち着いている時に複数回測定する。馬の安静時心拍数の正常値はふつう30〜40回/分程度だが、トレーニングを積んだ競走馬では30回/分を下回ることが珍しくなく、さらに運動中も心拍数が上がりにくくなる。したがって競走馬では、ある一定の心拍数が測定される速度を指標としてトレーニング効果を評価することができる。すなわち、馬によって安静時心拍数の値には幅があるため、疼痛がない、または弱い時の心拍数と比べて疼痛の大きさを評価すると良い。心拍数は激しい疼痛により70〜80回/分程度まで上昇する場合もある。

 

敗血症性蹄葉炎 … 強い炎症反応、虚血後の再灌流障害による血管攣縮

葉状層が損傷しやすいのはなぜ?

 

葉状層組織は常に低酸素環境下にあるため、正常時でも低酸素誘導因子(HIF-1α)の濃度が高く、炎症反応が増強されやすい。これが、ウマで葉状層が他の組織よりも損傷しやすい理由であると言われる。

炎症反応が観察されるタイミング

 

敗血症性蹄葉炎を実験的に誘発する方法として、炭水化物(デンプン、オリゴフルクトース)を多給する方法と黒クルミの抽出液を経鼻投与する方法が存在する。これらの実験モデルでは、炎症反応が観察されるタイミングが異なり、黒クルミ抽出液投与モデルでは黒クルミ抽出液を投与してから1時間半以内に強い炎症反応が起こる(この時点ではまだ跛行を呈していない)ものの、炭水化物多給モデルでは跛行を呈すまで炎症反応があまり観察されない。黒クルミ抽出液投与モデルでは、強力だが一時的な全身性炎症反応を誘導する物質が体内に入ることで蹄葉炎が誘発されると考えられる。一方で、炭水化物多給モデルでは、消化管内細菌叢の変化とそれに引き続いて起こる大腸粘膜の損傷によりバリア機能不全が生じ、数時間から数日かけて多量の炎症誘発分子(細菌分解産物や傷害された消化管組織から放出される宿主由来タンパク質)が体内循環に入り、持続的な炎症反応を誘発するため、炎症反応が観察されるまでに時間がかかる。

 

内分泌性蹄葉炎 … 蹄骨の変位に伴う知覚部の損傷(推測)

インスリンの作用により表皮葉が長く伸びた状態になる

 

敗血症性蹄葉炎と比べて跛行開始期の炎症反応は弱い。インスリン存在下でインキュベートされた葉状層ブロックは物理的な力に対する耐性が弱くなる、すなわち、弱い力で葉状層が伸ばされやすくなると報告されている。内分泌性蹄葉炎では敗血症性蹄葉炎とは異なり、葉状層の剥離ではなく、長く伸びた表皮葉が観察される。表皮葉の基底細胞には強力な細胞分裂促進因子・成長因子であるインスリン様成長因子1(IGF-1:insulin-like growth factor-1)の受容体が存在し、IGF-1によって細胞の成長、リモデリング、修復がコントロールされている。葉状層のIGF-1受容体はインスリンによっても活性化するため、超生理学的な濃度のインスリンがトリガーとなって基底細胞が異常に増殖すると推測されている。高インスリン血症の馬では長く薄い二次表皮葉がすばやく形成され、蹄葉炎の臨床徴候を呈す。デンプン多給後に発症した蹄葉炎でも二次表皮葉が二次真皮葉から剥離する過程で正常時の棍棒状から先細りの形状になるが、高インスリン血症により発症した蹄葉炎では一次表皮葉も長く伸びた状態になる。これはデンプン多給後に発症した蹄葉炎では見られない特徴である。(インスリン抵抗性が蹄葉炎を誘発するメカニズム

 

負重性蹄葉炎 … 虚血に起因する乳酸アシドーシス、各種メディエーター(セロトニン、ブラジキニン、ヒスタミン、アデノシン)の放出(推測)
負重性蹄葉炎の研究は、実験モデルの作出が倫理的に難しいために最も進んでいない。したがって、メカニズムの詳細は未解明である。

 

 

<慢性蹄葉炎>
原因に関わらず、蹄骨が変位して長時間が経過した慢性蹄葉炎の痛みの原因として、以下のものが挙げられる。

 

● 慢性炎症
● 蹄骨の変位に伴う知覚部の損傷
● 蹄骨の溶解(osteolysis)
● 神経障害性疼痛(neuropathic pain) … 組織損傷部が修復された後も、神経の損傷や機能異常により痛みが持続するものをいう。慢性蹄葉炎に罹患した蹄の指神経には形態異常が認められることから、神経障害性疼痛が慢性蹄葉炎の疼痛の一因であると考えられている。

 

<参考資料>
1. K. Hopster and A. W. van Eps. (2019) Review Article: Pain management for laminitis in the horse. Equine Vet. Educ. 31, 384-392
2. Equine Laminitis p.3-10, 22-38, 102-114
3. American Farriers Journal May/June 2019 p.85