ベルギー研究発表会:診断麻酔法の詳細な検討

2019年9月19〜21日にベルギー・ゲントにて開催された「馬のスポーツ医療とリハビリに関する研究発表会」におけるAnnamaria Nagy氏の講演の一部をご紹介します。

 

X線透過性の低い薬液(iohexol, Omnipaque 300mg/mL)を注入し、局所麻酔液の浸潤度について調査したので結果を報告するとともに、診断麻酔に関する近年の報告を紹介する。ただし、メピバカインの分子量(246g/mol)はiohexolの分子量(841g/mol)よりも小さいため、メピバカインはiohexolよりも更に拡散すると考えられる。また、iohexolと同様にメピバカインもリンパ管内を流れることで広範囲に行き渡る可能性はあるが、リンパ管を通した拡散では、組織を無痛化するのに十分な濃度に至らないと考えられる。

 

● 局所麻酔液を多量投与するとより近位まで浸潤することが知られており、palmar digital nerve  blockでは局所麻酔液を2.5mL投与すると近位への顕著な浸潤が認められると報告されているが、蹄軟骨直上への2.5mL/箇所以下の投与でも近位指節間関節(冠関節)および繋領域の疼痛が緩和される可能性がある(Equine Joint Injection and Regional Anesthesia に記載されている推奨投与量は1.5mL)。また、蹄軟骨の直上にて遠位に向けて針を刺入することが推奨されており、蹄軟骨の2cm近位側に針を刺入した場合には近位指節間関節(近位趾節間関節)もブロックされることが示されている。一方で、2019年に報告された薬液(iomeprol, lomeron 350mg iodine/mL)を用いた研究では、繋に圧迫包帯を巻くことで近位への薬液の浸潤を抑制できることが示された。ちなみに、palmar digital nerve block により少なくとも一部の蹄底痛が緩和され、15分後には蹄関節の疼痛も緩和されると報告されている。

 

● mid-pastern ring blockでは、繋掌側にX線透過性の低い薬液(iohexol)2mLを投与した場合、第一指骨の近位1/5まで達した。ただし、繋背側では2mLでも不十分な場合があった。

 

● 近位種子骨遠位におけるabaxial sesamoid nerve blockでは、時間の経過とともに周囲への浸潤が著しかった。したがって、球節の疼痛も緩和されている可能性を視野に入れるべきである。また、薬液投与後に馬を歩かせても、薬液の浸潤度に変化は認められなかった。

 

● 蹄関節内に局所麻酔液を6mL投与すると蹄尖部蹄底の疼痛も緩和され、8mLの投与により蹄底全体の疼痛が緩和されたという報告がある(Equine Joint Injection and Regional Anesthesia に記載されている推奨投与量は4〜6mL)。また、15分以内に局所麻酔液がトウ嚢内に浸潤する場合がある。特にトウ嚢炎では滑膜の浸透性が亢進している場合があるため、局所麻酔液投与後5分以内に歩様を観察することが望ましい。

 

● low 4 point palmar nerve blockでは時間の経過とともに近位への著しい浸潤が認められた。近位領域の無痛化が起こる可能性は低いが、管中位より遠位部は無痛化する可能性がある。また、球節関節包や屈腱鞘への針の刺入はそれぞれ8/18頭、7/18頭と高確率で起こっていたため、球節炎や腱鞘炎の疼痛が緩和されている可能性を視野に入れるべきである。

 

● 腱鞘内への局所麻酔液の投与は特異性が高く、20分経過後も蹄底の疼痛は緩和されなかった。掌側指神経がブロックされる可能性はあるが、迅速かつ完全に疼痛徴候が消失した場合、疼痛のある部位は腱鞘であると考えて良い。

 

● subcarpal nerve block(lateral palmar nerve block)のうち、lateral approach(肢外側から副手根骨のすぐ遠位に約1cmの深さまで針を刺入する)およびmedial approach(肢内側から副手根骨に向けて副手根骨に突き当たるまで針を刺入する)により各3mL投与したところ(推奨投与量は1.5〜2mL)、lateral approachでは7/8頭で投与直後に手根中手関節の約1cm遠位まで拡散したものの、近位への著しい拡散は認められなかった。一方でmedial approachでは5/8頭で投与直後に近位への著しい拡散が認められ、薬液(iohexol)が橈骨手根関節の近位3〜4cmまで達していた。遠位正中神経に沿って拡散したと推定される。薬液の著しい拡散が認められなかったのは1/8頭のみだった。

 

● deep branch of the lateral plantar nerve blockでは、薬液(iohexol)3mLを投与した15分後でも顕著な近位への拡散は認められなかったが、遠位への拡散は近位への拡散の2倍以上であり、特に薬液投与10分後以降に顕著な遠位への拡散が認められた。したがって診断麻酔の精度を上げるためには、局所麻酔液の投与量を極力減らすとともに、投与10分以内に評価することが推奨される。ただし、腱鞘内や足根中足関節(tarsometatarsaljoint)の関節包内に針を刺入する可能性があることを必ず視野に入れる必要がある。特に腱鞘は針を軸側に刺入するほどリスクが高く、3/8肢(37.8%)で腱鞘内への薬液(iohexol)の拡散が認められた。これは、S. Dysonらによる報告にある40%と近い数字である。

 

● 凍結融解していない死後の肢を用いて飛節の各関節内にメピバカインを投与し、飛節を一度屈曲・伸展させた後に各関節内のメピバカイン濃度を測定したところ、足根中足関節(tarsometatarsal joint)内への5mL投与により中心遠位関節(centrodistal joint)にもメピバカインが拡散していた。このとき中心遠位関節内のメピバカインは無痛化をもたらすのに十分な濃度であることから、足根中足関節とともに中心遠位関節を無痛化したい場合、中心遠位関節内にメピバカインを投与する必要性は低いと言える。また、足根中足関節や中心遠位関節内にメピバカインを投与したとき、足根下腿関節(tarsocruraljoint)内にもメピバカインが拡散していたことから、飛節の各関節は特異的に無痛化される訳ではないと考えられる。また、大腿膝蓋関節および大腿脛骨関節の外側・内側区画にもそれぞれメピバカイン10mLを投与して検討したところ、投与しなかった関節および区画へのメピバカインの拡散は認められたが、無痛化に十分な濃度ではない場合があるため、膝関節を完全に無痛化するためには3箇所すべてにメピバカインを投与する必要がある(ただし、Equine Joint Injection and Regional Anesthesia に記載されている推奨投与量は大腿膝蓋関節および大腿脛骨関節の外側・内側区画ともに20〜30mL)。

 

<参考資料>
1. Equine Joint Injection and Regional Anesthesia
2. A. Nagy, G. Bodo and S. J. Dyson (2012) Diffusion of contrast medium after four different techniques for analgesia of the proximal metacarpal region: An in vivo and in vitro study. Equine Vet. J. 44, 668-673
3. A. Nagy, G. Bodo, S. J. Dyson et al. (2010) Distribution of radiodense contrast medium after perineural injection of the palmar and palmar metacarpal nerves (low 4-point nerve block): An in vivo and ex vivo study in horses. Equine Vet. J. 42, 512-518
4. E. K. Contino et al. (2015) In vivo diffusion characteristics following perineural injection of the deep branch of the lateral plantar nerve with mepivacaine or iohexol in horses. Equine Vet. J. 47, 230-234
5. M. R. Gough et al. (2002) Diffusion of mepivacaine between adjacent synovial structures in the horse. Part2: tarsus and stifle. Equine Vet. J.34, 54-90
6. A. Radtke et al. (2019) Intra‐articular anaesthesia of the equine stifle improves foot lameness. Equine Vet J Online Version  of Record before inclusion in an issue (https://doi.org/10.1111/evj.13135)
7. S. M. K. Gylling et al. (2019) The effect of a compression bandage on the distribution of radiodense contrast medium after palmar digital nerve blocks. Equine Vet. J. 51, 261-265