なぜ濃厚飼料を多給すると蹄葉炎を発症しやすいの?

濃厚飼料は、@食餌性蹄葉炎とA内分泌性蹄葉炎を引き起こす可能性がある。

 

@食餌性蹄葉炎は、馬の消化能力を超えた多量の濃厚飼料を一度に与えることで引き起こされる。
馬は小腸でデンプンを消化する能力が低く、一度に多量の濃厚飼料を摂食すると、本来は小腸で消化されるはずのデンプンが消化しきれずに大腸に流入してしまう。大腸に流入したデンプンは腸内細菌によって分解されるが、その結果、腸内環境が変わるため、腸内細菌叢が大きく変化してしまう。このとき死んだ細菌の一部が毒素となり、腸内から吸収されて血管内に入ることで、全身に炎症反応を起こしてしまう。炎症反応はもともと細菌などの異物に対抗するためのものだが、体の組織も少なからず損傷する。全身に炎症反応が起これば最終的に全身の臓器が機能しなくなってしまうが、蹄内は低酸素環境であるため炎症反応が増幅されやすく、他の臓器が機能しなくなってしまう前に蹄葉炎を発症してしまう。

 

A内分泌性蹄葉炎は、

 

安全性の高い濃厚飼料とは
世界的に最も一般的に馬に給与されている穀類はエン麦だが、これはエン麦に含まれるデンプンは消化しやすく、消化不良を起こしにくいからである。一方で、トウモロコシに含まれるデンプンは消化しにくく、大腸に大量の炭水化物が流入しやすい。飼料として市販されているトウモロコシは圧ペン加工されているのでデンプンの消化率は改善されている。

 

濃厚飼料の給餌量
粗飼料の1日当たりの推奨給与量は、ほとんど運動させないポニーなどでは体重の2%程度、運動させる馬では体重の1%程度を目安とすると良いと言われる (※1)。運動させる馬では、不足するエネルギーを補うために濃厚飼料を給餌するが、健康な馬であっても、1回に与える穀類の量を体重の0.5%以下(500kgの馬では2.5kg以下)、デンプン摂取量は体重100kg当たり150-200g以下に制限する必要がある。また、イネ科牧草(特に1番草)にはフラクタンなどの非構造性炭水化物 (※2) が多く含まれるため、太りやすい馬は、1回の穀類給餌量を上記基準より少なくする必要がある。

 

(※1) 運動させないために濃厚飼料の給餌を必要としない場合でも、粗飼料のみの給餌ではビタミン、ミネラル、必須アミノ酸が不足するため、粗飼料に加えてバランサー、サプリメントを給餌する必要がある。
(※2) セルロースなど植物の細胞壁を構成する炭水化物を構造性炭水化物と呼び、それ以外の炭水化物を非構造性炭水化物と呼ぶ。非構造性炭水化物の例として、フラクタンやデンプンが挙げられる。

 

デンプンを多量に摂食してしまった場合の緊急対処法<獣医師向け>
放馬などにより濃厚飼料を多量に摂食してしまった場合、蹄葉炎を防ぐために対処が必要となる。

 

(1) 経鼻カテーテルを挿入したときに多量のガスや液体の逆流が認められた場合、胃が膨張している。したがって、12〜24時間にかけて経鼻カテーテルを留置し、胃の減圧を図る。
(2) ガスや液体の胃からの逆流が認められない場合、毒素を吸着するとともに消化管内容物の通過を促進させるために、経鼻カテーテルを用いてミネラルオイル(2-4 L /day、1-3 日間)および活性炭(250 gを1-2 Lの水に溶いたもの、単回投与)を投与する。
(3) 循環血液量を回復させるための応急処置として補液を行う。等張性晶質液(25-50mL/kg、静脈内投与)の投与が必要だが、循環血液量の減少が著しい場合は、等張性晶質液を投与する前に高張食塩水(2-4mL/kg、静脈内単回投与)を投与すると迅速に循環血液量を回復させることができる。ただし、高張食塩水を投与した直後に1Lに対して最低10Lの等張性晶質液を投与する必要がある。
(4) 応急処置後、必要に応じて等張性晶質液の追加補液(100-200mL/kg)、および持続補液(50-75mL/kg/day)を行う。エンドトキシンと結合するポリミキシンB(2000-6000IU/kgを0.9%生理食塩水500-1000mLに溶解し、12時間ごと1-3日、静脈内投与)を投与しても良い。ただし、ポリミキシンBは循環血液量が回復するまで投与すべきではなく、また、腎機能不全がある場合には禁忌である。
(5) 可能な限り速やかに蹄の冷却療法を行う。すなわち、冷却用ブーツがある場合にはブーツ内に氷水を入れ、球節以下を持続的に冷却する。冷却用ブーツがない場合には、丈夫なビニルパックに氷水を入れて球節以下を漬け込みダクトテープで固定すると良い。腕節から繋までの血管を保冷剤等で冷却することで同様の効果が得られるという報告もある。

バナミンを投与するだけでは不十分

 

近年の研究により、敗血症性蹄葉炎モデルにおいてフルニキシン・メグルミンを単剤投与しても、葉状層の損傷はあまり抑制されないことが示された。現在のところ敗血症性蹄葉炎の発症を予防する方法として最も注目されているのは、冷却療法(cryotherapy)である。(敗血症性蹄葉炎の予防法<獣医師向け>

 

敗血症性蹄葉炎における炎症性シグナル<獣医師向け>
デンプンを過剰量摂取した後に発症する蹄葉炎ではヒトにおける全身性炎症反応症候群(SIRS)と類似する病態が蹄葉炎の直接的な原因となるため、デンプンを多給することで実験的に発症させた「デンプン多給性蹄葉炎モデル」は敗血症性蹄葉炎の実験モデルとされている。

 

デンプン多給性蹄葉炎モデルは、体重500kg当たり8.8kgのデンプン(80%コーンスターチ、20%セルロース)を30分程度かけて経口摂取させると、24〜48時間後にObel Grade 3の蹄葉炎(歩くことを嫌い反対肢の挙上にも抵抗する、歩かせると点頭運動または仙結節・寛結節の挙上が認められる)を呈すものである。これは腸炎、感染性子宮炎、肺炎などに続発する敗血症を模しており、デンプンを多給した後、馬は体温上昇、頻脈、粘膜職の変化、食欲不振を呈す。これらの臨床徴候は通常、デンプン多給モデルにおいても敗血症の実症例においても、蹄葉炎の臨床徴候よりも数時間早く表れる。

 

小腸の消化能力を超える量のデンプンを多給すると後腸に可溶性炭水化物が流入することで乳再生性細菌による発酵が急速に進行する結果、乳酸が大量に生成し、デンプン投与8時間後には盲腸内pH5.72-7.18、24時間後にはpH4.14程度まで低下して腸内細菌が大量に死滅する。正常な腸粘膜は有害物質を通過させないが、酸やエンドトキシンなどによって腸粘膜の壊死が起こるため、有害物質が粘膜を通過するようになる。実際に、デンプン多給後に血中エンドトキシン量をモニターしたところ、蹄葉炎を発症した13頭中11頭で血中エンドトキシン量の上昇が観察される一方で、デンプンを多給したものの蹄葉炎を発症しなかった馬7頭のうち、6頭で血中エンドトキシン量の上昇が確認されなかった。このような報告から、当初は、エンドトキシン血症が蹄葉炎を引き起こすと考えられていた。

 

ところが、精製したエンドトキシンを血管内に多量投与しても、蹄葉炎を誘発できないことが明らかとなった。ポリミキシンBやフルニキシン・メグルミンなどの薬剤を投与することによってエンドトキシン血症の徴候を制御することはできるものの、蹄葉炎の発症を予防することができないことからも、現在では、「エンドトキシン血症が蹄葉炎を引き起こす」という表現は誤りであると言われている。

 

デンプン多給性蹄葉炎モデルでは、消化管内細菌叢の変化とそれに引き続いて起こる大腸上皮の損傷によりバリア機能不全が生じた結果、数時間から数日かけて大量の炎症誘発物質が吸収されることで蹄葉炎が発症する。これは齧歯類における盲腸結紮モデルに類似しており、炎症誘発物質が徐々に体内循環に入り、持続的に炎症反応を誘発した結果、齧歯類では最終的に臓器不全に至る。炎症誘発物質には、細菌由来の複合的な有害物質(PAMP:pathogen-associated molecular patterns または MAMP:microbe-associated molecular patterns)だけでなく、傷害された消化管組織から放出される宿主由来のタンパク質(DAMP:damage-associated molecular patterns)も含まれる。

 

デンプン多給性蹄葉炎モデルでは、蹄葉炎を誘発するために体重500kg当たり8.8kgのデンプンを経口投与する。実症例ではこれほど多くのデンプンを短時間で摂食しなくても蹄葉炎を発症するため、「食餌性蹄葉炎」と呼ばれてきた蹄葉炎の中には、水溶性炭水化物の発酵によって大腸内pHが下がることが蹄葉炎の発症に結びつく例だけでなく、インスリン抵抗性が背景に存在する例もあると推測される。

 

 

敗血症性蹄葉炎の実験モデルには、他にも「オリゴフルクトース誘発性蹄葉炎モデル」と「黒クルミ誘発性蹄葉炎モデル」がある。
オリゴフルクトースとは砂糖(スクロース:グルコース+フルクトース)に果糖(フルクトース)が結合した糖であり、難消化性であることから、人ではカロリーの低い甘味料としてよく用いられている。馬では大量投与することでフラクタンの大量摂取を模すことができ、体重500kg当たり5kgのオリゴフルクトースを水に溶いたものを経鼻投与すると、24〜36時間後に蹄葉炎に起因する跛行が観察される。投与された大量のオリゴフルクトースは2時間後には後腸に達し、オリゴフルクトースを利用できるグラム陽性細菌の異常増殖により乳酸が大量に生成されるため、投与6〜12時間後には盲腸内のpHが5を下回る。腸管上皮は、pH5未満のときに損傷すると言われている。

 

黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルは、1978年に黒クルミのチップを敷料として使用し始めた後に蹄葉炎が多発したことが報告されたことがきっかけとなって研究が進み、1987年に初めて蹄葉炎発症実験が成功したものである。黒クルミのチップを敷料として使用していた厩舎の蹄葉炎発症率は37〜100%にのぼり、蹄葉炎の臨床徴候は馬を馬房内に入れた18〜26時間後に観察されたそうだ。黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルでは、体重500kg当たり1kgの黒クルミチップを6〜7Lの水に浸し、12〜24時間攪拌した後、チップを取り除いた液体を経鼻投与すると、80〜90%の馬が投与8-10時間後にObel Grade 1の蹄葉炎(頻繁に両前肢を踏みかえる)を発症する。黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルの特徴は、蹄葉炎の臨床徴候の発現が早い(黒クルミ:12時間以内、デンプン:24〜48時間以内)ということだけでなく、黒クルミ抽出液投与が単回であれば、臨床徴候の発現が短時間のみであることである。

 

黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルとデンプン多給性蹄葉炎モデルで臨床徴候の発現時間にこのような差がある理由は、デンプン多給性蹄葉炎モデルでは腸内環境の変化により有毒物質が体内循環に入り持続的な炎症反応を誘発するのに対し、黒クルミ抽出液モデルでは全身性炎症反応を誘発する有毒物質が投与後90分以内に直接吸収されて強い炎症反応を誘発することである。黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルでは葉状層の構造崩壊が観察されないため、黒クルミ由来の炎症誘発物質は一時的に作用していると考えられるが、デンプン多給モデルでは大腸粘膜の重度な損傷によって持続的に炎症誘発物質が吸収されるため、炎症反応が持続する。ちなみに、黒クルミ抽出液中の有毒物質は特定されていないが、血液中の活性酸素を増やす作用があると報告されている。活性酸素が増える主要因は白血球の活性化であると推測されており、黒クルミ抽出液投与によって白血球の遊出が促進される。実際に、黒クルミ誘発性蹄葉炎モデルでは黒クルミ抽出液投与3〜4時間後に%の馬が白血球数の30%減少を呈し、これが黒クルミ抽出液に反応性を示す個体であるかどうか判定する指標として使われている。

 

<参考資料>
1. Equine Laminitis p.102-114, 432-435
2. Equine Applied and Clinical Nutrition p.477-478
3. 馬術情報 2018/5 p.44
4. 馬術情報 2018/10 p.52
5. 競走馬ハンドブック p.241