年齢・馬メタボリック症候群とPPIDとの関連性<獣医師向け>

高齢馬はPPIDを発症しやすい
PPIDは7歳以上の馬が性差なく発症するが、特に15歳以上の馬に多い。これは酸化ダメージによりドパミン作動性神経の変性が進行するためである。

 

ドパミン作動性神経(dopaminergic neuron)は視床下部(hypothalamus)から下垂体中葉の脳室周囲神経核(periventricular nuclei)まで伸びており、ドパミンを分泌することでメラニン細胞刺激ホルモン産生細胞(melanotroph)のはたらきを阻害している。したがって、ドパミン作動性神経の変性が進行するとメラニン細胞刺激ホルモン産生細胞が増殖し、下垂体中葉が肥大する。
メラニン細胞刺激ホルモン産生細胞は、ACTHなど多様なホルモンの前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)を合成しているため、下垂体中葉の肥大によりPOMCの合成が増加すると、ACTHや他のPOMC由来ホルモンの分泌量が増加する。
ちなみに、正常な生理的状況では、ACTHの大半は下垂体前葉(pars distalis)の副腎皮質刺激ホルモン分泌細胞から分泌されており、下垂体中葉のACTH分泌量は少ない。

 

このように、PPIDはクッシング症候群とは異なり、ACTHのみならず、POMC由来ホルモン(メラノコルチンと総称される)の分泌量が複合的に増加することが特徴である。分泌されるメラノコルチンの種類は個体差が大きいだけでなく季節性があり、これがPPIDの徴候に著しい個体差や季節性が認められることの主要因であると考えられている。

 

PPIDと馬メタボリック症候群との関連性
● EMSでは、全身性の肥満だけでなくたてがみの付け根(項靭帯)と尾根部への局所的な脂肪蓄積が目立つ。ただし、インスリン抵抗性の程度と肥満の程度には比較的強い正の相関が認められるものの、肥満馬のすべてがインスリン抵抗性を呈す訳ではない。また、比較的痩せた馬が重度なインスリン抵抗性を呈す場合もある。したがって、肥満の程度によって短絡的に判断せず、絶食時インスリン濃度の測定(PPIDの診断・インスリン抵抗性の判定)や糖負荷試験(PPIDの診断・インスリン抵抗性の判定)によってインスリン抵抗性の有無を判定する必要がある。
● PPIDと馬メタボリック症候群(EMS:equine metabolic syndrome)には関連性があり、EMSの馬は若齢でもPPIDを進行しやすいことが知られている。現時点では、肥満により脂肪組織由来の炎症性サイトカインが増加し、酸化ストレスが増大するかどうか研究が進められている状況だが、肥満によりドパミン作動性神経の変性が加速する可能性が指摘されている。つまり、EMSがPPIDのリスクを増大させる可能性がある。
● EMSに罹患しやすい品種とPPIDに罹患しやすい品種は重なっており、ポニー、モルガン、アメリカン・サドルブレッド、温血種が代表である。ちなみに、パソ・フィノなど南ヨーロッパ系統(主にスペイン・ポルトガル)のラテン・アメリカ種の多くは、遺伝的にインスリン抵抗性を呈しやすいことが知られている。特にインスリン抵抗性を呈しやすいとされる品種では、肥満の程度とインスリン抵抗性の程度が一致しないことが多い。

 

PPID罹患馬では必ずしも副腎皮質の肥大が確認される訳ではない
PPID罹患馬の多くで易感染性などコルチコステロイドの影響が認められるため、コルチコステロイドによるインスリン阻害が蹄葉炎発症の直接的な要因であると考えられてきた。しかし、PPIDに罹患していた馬やポニーを剖検すると、副腎皮質の肥大が認められた例はおよそ20%にすぎなかった。

 

副腎皮質の肥大が認められない例が多い理由は、下垂体中葉由来のACTHは下垂体前葉由来のACTHよりも活性が低いためであると考えられている。実際に、PPID罹患馬のACTH血中濃度は予想以上に高値であるものの、コルチゾルの分泌量は比較的低量である場合が多く、PPID誘発性蹄葉炎の原因は血中コルチゾル濃度の上昇である、とする従来の概念を疑問視する声が上がっている。実際にPPID罹患馬の葉状層組織の病理検査を行ったところ蹄葉炎の病変が認められたのはインスリン抵抗性を呈す馬のみであったことから、PPID罹患馬が発症する内分泌性蹄葉炎の直接的な要因はインスリン抵抗性であると考えられている。

 

<参考資料>
1. Equine Medicine 7 p.574
2. Equine Laminitis p.134-140, 149-166