個々の馬に合わせた装蹄方針の立て方(アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル記事の紹介)

※ アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル2019年1・2月号 (p.70-74) に掲載された記事の概要をご紹介します。

以下の掲載内容は、Stefan Wehrli の主張をご紹介するものです。

 

肢を挙げて蹄を観察する前に、まず、馬を観察するということは、装蹄の基礎であり、どの装蹄師も独自の観察法・アプローチ法を持っている。
スイスの装蹄師であるウェールリは、装蹄を始める前に馬を徹底的に観察すべきだ、と話す。それも、ただ馬を観察するのではなく、どの馬にも一貫した客観的な分析法を確立する必要があると言う。ウェールリは彼独自の客観的な分析法を確立しており、2018年9月にニューヨークにて開催されたシンポジウムにて装蹄方針の立て方を発表した。

 

ステップ1:歩様の観察
装蹄師は獣医師の診断結果を知ることができる場合もある。これは有用である場合もあるが、ウェールリは自分の目で馬を観察する前にレントゲン画像を見ることを好まず、レントゲン画像の前に馬を観察することで、レントゲン画像に惑わされないようにしている。「私たちは馬を装蹄しているのであって、模型を装蹄しているのではありません。馬が跛行している場合、馬の動きを詳細に観察することによってのみ、どこに痛みがあるのかを知ることができます。」と彼は話す。歩様の観察は、馬を歩かせる地面を選ぶことから始まるが、ウェールリはまず、平らで均一な地面の上で馬の歩きを観察する。平らで均一な地面でなければ、どのように蹄が着地するのか観察できないからだ。
観察すべき項目は多くあり、多すぎる情報によって混乱してしまう装蹄師もいるだろう。しかし、ウェールリは馬の歩様を観察する際、まずは蹄の着地に注目する。「先着部位はどこでしょうか?外側でしょうか、内側でしょうか、それとも平坦踏着でしょうか?また、反回点は外側でしょうか?それとも内側でしょうか?あるいは真ん中でしょうか?そして、球節は蹄の真上に沈下しているでしょうか?それとも、外側や内側に偏って沈下しているでしょうか?」ウェールリは馬の歩きを馬体の前から観察するだけでなく、後ろからも観察する。その後、馬を静止させて球節の沈下に注目する。この時、球節の内外どちらか一方に硬さがあるかどうかも観察する。
次にウェールリは、馬と一緒に歩きながら、馬の歩きを横から観察する。「横から観察することで、蹄尖先着なのか、蹄踵先着なのか、平坦踏着なのかを知ることができます。これを左右で比較して、左右の差に注目します。同じ観察を装蹄後にも行い、装蹄前後の差を比較することが非常に重要です。」
その後、ウェールリは横から速歩を観察し、スタンス前期とスタンス後期に左右差があるかどうか観察する。各肢を個別に評価するために、動画を撮影する場合もある。
「目的は診断することではなく、馬の動きを観察することです」とウェールリは言う。また、傾斜のある地面で常歩の円運動を行い、異なる負荷をかけることで、さらに多くの情報を得られる。ウェールリは少なくとも4週は円運動を観察する。円運動を続けるうちに馬が異なる負荷に対応していく様子が見て取れるからだ。「例えば左前肢は、内側が高い地面ではどのように動いているでしょうか?そして、下り坂や上り坂では、どのように動いているでしょうか?」ウェールリは柔らかい地面における常歩、速歩を観察することも重要だと述べる。馬は普段柔らかい地面の上で運動するからだ。また、可能であれば人が騎乗した状態で駈歩や襲歩も観察する。
以上の観察だけでも時間がかかりすぎると思った装蹄師は多いだろう。しかしウェールリは、第一に時間をかける価値は間違いなくあり、第二にどの馬においても一貫した観察を実施することで、観察にかかる時間は次第に短縮できるようになる、と話す。

 

ステップ2:体形の観察
次にウェールリは、馬体の形を観察する。馬体の形や立ち姿を観察することで、蹄の形が馬の肢勢に合っているかどうか判断する。「蹄の形は常に肢勢によって決まります。私たちは常に、肢1本ごとに正しいバランスを模索しなければなりません。」彼はまず内外バランスの判定から始めるが、これは馬の後ろから観察して判断するとよい、と言う。馬の後ろから観察することで骨や関節の位置を推定することができる。このステップは自分の目で観察して、レントゲン画像をイメージするようなものだ、と彼は言う。「観察した結果からレントゲン画像をイメージしましょう。これを繰り返していけば、観察する目を鍛えることができます。」実際のレントゲン画像を観察する時も、ウェールリは蹄骨の下面には注目しない。その代わりに、冠骨の遠位関節面と蹄関節腔に注目する。「例えば、冠骨の遠位関節面は地面に平行ですが、蹄関節腔は外側の方が狭く、蹄骨下面は内側に向って傾いていたとします。これは蹄のバランスが悪い状態で、蹄の外側を多削しなければなりません。」内外バランスは、蹄底の厚みの観察によっても判定できる。

 

もちろん、蹄のアンバランスは装蹄師のミスによって生じるとは限らない。遺伝の影響が非常に大きいからだ。「例えば、冠骨の遠位関節面が地面と平行ではないのに、蹄関節腔は内外均等な場合があります。この場合、蹄のバランスは良い状態で、削蹄ではこれ以上に装蹄師が出来ることは何もありません。」ただし、このような蹄において、ウェールリは蹄が全方向に反回しやすくなるような処置を施す。このように肢勢に問題のある成馬では、装蹄師は現状維持しかできないということを理解しなくてはならない。ウェールリは、肢勢を観察することでどのように削蹄すべきかを判断し、歩様を観察することでどのような蹄鉄を装着するか判断している。

 

ステップ3:蹄の観察
次に蹄を横から、そして蹄下面から観察するが、ウェールリはいずれの場合も蹄を内蹄尖、内蹄踵、外蹄尖、外蹄踵に区分することで、どの部分に問題があるのか判断する。彼はどの蹄にも蹄鉗子を使うのを好み、まず、外蹄踵、内蹄踵の順に蹄鉗子で挟み、再び外蹄踵を挟む。「最初に蹄鉗子で挟むとき、馬は突然のことに驚くため、1回目で判断することはできません。また、蹄鉗子で挟む場合、常に馬が痛みを感じるほど強く挟むことは可能ですが、痛みを与える必要はありません。角質が動く程度の力で挟めば十分です。次に私は蹄叉の脇を挟み、蹄叉の上を挟みます。初めは素早く、次に少し長い時間挟み、その後にさらに長い時間挟みます。常に一定の力で挟むことが重要です。最後に、トウ骨のあたりを同様に挟みます。」

 

どの順番で挟んでも良いが、どの馬でも常に同じ順序で検査するようにすることが重要だ。ウェールリは蹄鉗子検査の前に指動脈の拍動や蹄の熱感も確認する。

 

ステップ4:蹄内部の観察
ウェールリは蹄の外観を観察するだけでなく、レントゲン画像も活用する。ただし、先にも述べたように、彼は馬を観察し終わった後にレントゲン画像を確認する。競技馬の装蹄においても、跛行している馬の装蹄においても、レントゲン画像は非常に重要な情報を与えてくれる。
蹄形は蹄冠の形状に合っているだろうか?装蹄の仕上がりは競技馬や跛行している馬に合ったものだろうか?

 

蹄鉄の選択と修整は蹄形や肢勢、馬の健康状態、馬の競技内容など多くのものに影響される。しかし、ウェールリは概して以下に示されるガイドラインを目安にしている。

 

@ 蹄前後のバランス:蹄関節の回転中心が蹄負面を50/50に分ける
※ 蹄尖部と蹄踵部には上彎が上がっているが、レントゲン画像ラテラル像において蹄鉄の先端と後端からそれぞれ地面に下ろした垂線の間の長さを、蹄関節の回転中心から地面に下ろした垂線が二分するようにする。
A 反回点:蹄骨尖の真下に位置する
B PA:常にプラスとなる
C 蹄踵:蹄叉の基部まで下げる
※ 負面を平らに削蹄した後、蹄踵部のみ蹄叉の基部まで斜めに鑢をかけ、蹄尾を曲げて斜めに削切された蹄踵部に密着させる。したがって、蹄踵部にも上彎が上がっているような状態になる。
D 蹄底の厚み:少なくとも蹄骨背側面と蹄壁との間の距離以上となる
E 内外バランス:蹄関節腔が内外均等になる

 

これはある一人の装蹄師の装蹄法だ。ウェールリの目的はあくまでも彼の方法を紹介することであって、彼の方法をすべての装蹄師に強制することではない。
「目標は、誰かの真似をすることではなく、誰かの方法を理解することです。様々な意見を理解することができれば、自らの装蹄方針を確立することができるでしょう。」