IRAP、PRP(多血小板血漿)、幹細胞治療<獣医師向け>

IRAPとは
自己調整血清(autologous conditioned serum)を作製するキットの商品名である。IL-1 receptor antagonist proteinの頭文字をとってIRAPと名付けられたが、抗IL-1受容体タンパク質以外にも少なくとも35種のタンパク質(IL-10,インスリン様成長因子、TGF-β、TNF-α、IL-1βなど)が元の血清の2倍以上の濃度で含まれている。IL-1はウマの変形性関節症における主な炎症性サイトカインであることが証明されているため、変形性関節症においては抗 IL-1 受容体タンパク質の有用性が高い。IRAPを用いて自己調整血清を作製する場合、抗炎症タンパク質の合成を促進する物質をコートしたガラスビーズの入ったシリンジに血液を入れ、インキュベート後に遠心する。
変形性関節症モデルに自己調整血清を投与すると、跛行の改善および軟骨・滑膜の修復促進が認められた。また、自己調整血清を関節内に投与した3週間後、関節液中の内因性IRAPの増加が確認されたことから、自己調整血清投与の効果が比較的長期間持続すると考えられており、コルチコステロイドに反応しない変形性関節症の治療法の一つとして海外では比較的一般的に行われている。

 

PRPとは
遠心分離によって得られる、血小板濃度の高い血漿である。創傷部に蓄積した血小板は、組織コラーゲンに接触することで活性化する。活性化した血小板は脱顆粒し、成長因子(血小板由来成長因子、TGF-β、線維芽細胞成長因子、表皮成長因子、インスリン様成長因子、血管内皮成長因子)などを放出する。血小板には、これらの生物活性物質を放出することで創傷部の治癒・血管形成を促すとともに、内因性幹細胞を誘引し、炎症反応を調整する作用がある。したがって組織の修復促進を狙って損傷部に投与されるが、血小板内には悪影響を及ぼす因子も含まれている。実際に、2倍〜6倍濃縮で関節、腱、靭帯の治癒促進効果が認められたが、6倍より高い濃度では骨の治癒遅延が確認されたとの報告があり、濃度が高いほど良いという訳ではなく、至適濃縮率が組織によって異なると示唆される。

 

白血球の濃度
PRPは、血小板以外に血漿タンパク質 (接着性タンパク質、凝固因子、線溶系因子、タンパク分解酵素、抗タンパク分解酵素、塩基性タンパク質、膜糖タンパク質)、白血球、幹細胞を含む。
PRPの白血球濃度は未だに議論の的になっているが、白血球濃度は低い方が良い、という意見が主流である。高濃度の白血球を含むPRPでは副作用の報告があるものの、白血球の含有量が少ないPRPでは副作用の報告が存在しない。また、invitroでは白血球濃度の高いPRPを添加すると異化シグナルタンパク質の増加が認められる。特に好中球は成長因子をトラップしてしまう上に各種プロテアーゼを放出する。

 

白血球の含有量によって、PRPを次のように分類する。
〇 白血球を多く含む:LR-PRP(Leukocyte rich PRP)
〇 白血球をわずかに含む:LP-PRP(Leukocyte poor PRP)
〇 白血球が含まれない:P-PRP(Pure PRP)

 

PRPの活性化方法
in vitroでは関節液と混合することで血小板が活性化するため、PRPを関節内投与する場合には活性化処置は不要である可能性がある。投与前に活性化処置を行う場合には、以下の方法が知られている。

 

@ 塩化カルシウムの添加
pHが下がるためヒトでは関節内投与後に疼痛と熱感を感じるが、ウマでは疼痛を感じていないように見える。
A 凍結融解法
PRPを凍結後融解することで、血小板を物理的に破壊する。
B トロンビンの添加
トロンビンの添加により活性化したPRPを関節内投与すると、関節液中の総タンパク質量、白血球濃度が増加するとともに、関節の腫脹・熱感、屈曲痛が認められたと報告されている。これらの徴候は塩化カルシウムの添加により活性化したPRPの関節内投与、および活性化処置を行なっていないPRPの関節内投与によっても認められる場合がある(1日程度持続する)が、その程度はトロンビンを添加した場合と比べて明らかに小さい。したがって、トロンビンの添加による活性化処置は避けるべきであると考えられる。
(この研究では血小板濃度は3倍、白血球濃度は2倍に濃縮されたPRPを球節内に投与し、活性化処置の比較検討を行った)

 

PRPの適応例
● 効果が確実に認められると言える
〇 血行の乏しい創傷 (特にデブリドマンが必要とされる慢性創傷)
〇 角膜損傷(P-PRPに限る)
● 効果があると報告されているが、科学的根拠が不足している
関節炎、腱靭帯炎、筋炎、神経損傷

 

間葉系幹細胞治療
骨髄由来間葉系幹細胞や脂肪由来間葉系幹細胞の関節炎への適用は、ここ10年ほどで増加しているが、少なくとも関節内投与においては骨髄由来間葉系幹細胞の方が脂肪由来間葉系幹細胞よりも優れており、修復組織の質が良い。
抗炎症作用とともに損傷部位において成長因子の合成を促進させる効果が認められており、実際に治療後の競技への復帰成績が良い。現時点での関節内投与量は経験的なものだが、高用量の幹細胞は炎症を誘発する傾向があるため、ひとつの関節当たりの幹細胞数を2000万未満に抑えるのが一般的である。近年では、ヒアルロン酸の同時関節内投与の有効性が確認された。アミノグリコシドなどの抗菌薬はin vitroにおいて幹細胞の損傷をもたらすことが確認されているため、同時投与が禁忌である。

 

<参考資料>
1. Joint Disease in the Horse p.229-235
2. Equine Medicine7 p.109-110, 798-804