インスリン抵抗性が蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>

インスリンが蹄葉炎を発症させるメカニズムについては未だに全容解明には至っていないが、いくつかの仮説が提唱されている。

 

@ 表皮葉の基底細胞には強力な細胞分裂促進因子・成長因子であるIGF-1(インスリン様成長因子-1)受容体が存在するため、超生理的な濃度のインスリンがトリガーとなって基底細胞が異常増殖すると推定される。したがって内分泌性蹄葉炎では長く薄い二次表皮葉が観察され、stretched /elongated laminaと呼称される。デンプン多給モデルでも二次真皮葉から剥離する過程で二次表皮葉が正常時の棍棒状から先細りの形状になるが、高インスリン血症では一次表皮葉も長く伸びた状態になる。これはデンプン多給モデルでは見られない特徴である。

 

A インスリンはNOを介する血管拡張経路に関与することで血管を拡張させる作用を担っており、インスリン抵抗性が上がることで血管が拡張しにくくなることが、実験動物やヒトで確かめられている。

 

B 表皮葉基底細胞に存在する主要なグルコース輸送体は主にインスリン非依存性のGLUT1であり、インスリン依存性のGLUT4が少ないことから、葉状層の組織は脳組織のように、インスリンに依存せず血管から持続的にグルコースを取り込んでいると推測される。したがって、インスリン抵抗性により葉状層内グルコースが不足するとは考えにくい。静止時の馬では、蹄のグルコース消費量が脳のグルコース消費量を上回り、体重の1%の重さしかない蹄が、動脈内を流れるグルコースの15%近くを消費する一方で、頭部の消費量は8%だけだった。ちなみに、ヒトでは体重の2%しかない脳が20%のグルコースを消費している。蹄にはグリコーゲンを蓄積できる組織が存在しないことからも、嫌気的な解糖によってグルコースが代謝されていると考えるのが自然である。

 

内分泌性蹄葉炎の実験モデル:高インスリン-正常血糖クランプモデル
インスリン抵抗性に関連して発症する蹄葉炎の研究は、1980年代に始まった。インスリン抵抗性を呈す肥満馬を総括的に馬メタボリック症候群(EMS)と称すが、特にEMS罹患馬は、炭水化物含有量の多い牧草の摂食により蹄葉炎を発症する例が多いことが知られていた。

 

血清中インスリン濃度>188μIU/mLである馬では、血清中インスリン濃度<62μIU/mLの馬と比べて2年以内に蹄葉炎を発症する可能性が高いと報告されている。高インスリン-正常血糖クランプモデルは血中コルチゾル濃度を変えることなく高インスリン血症を作り出すことで、高インスリン血症の影響を研究するために開発されたモデルで、血糖値を90mg/dLに保ちながらインスリン血中濃度>1000μIU/mLを作り出すことで、健康なポニーの100%に蹄葉炎を誘発することができる。蹄葉炎の臨床徴候の発現は緩慢であり、馬ではおよそ42〜48時間後、ポニーでは37〜61時間後である。

 

特に馬メタボリック症候群の馬では、蹄葉炎の発症を予防するため、また蹄葉炎の悪化を食い止めるために、インスリン調節異常が悪化する前に下垂体中葉機能不全(PPID : pituitary pars intermedia dysfunction)の病態を改善させる必要がある。PPIDの病態を改善させる薬剤としてドパミン受容体作動薬であるペルゴリドが挙げられ、ACTHプロホルモンの合成を抑制することでACTHの分泌量を減少させる。また、高インスリン血症を緩和する薬剤としてメトフォルミンが挙げられる。

 

炎症反応は、高インスリン血症-正常血糖クランプモデルにおいては驚くほどわずかである。表皮葉と真皮葉の広範な剥離が認められるステージにおいても、炎症反応は最小限〜中程度である。一方でデンプン多給モデルにおいては、跛行を呈す前の時期である病態形成期において既に白血球や活性化マクロファージが観察され、基底膜を損傷させる原因となると考えられている。白血球だけでなくMMP(Matrixmetalloprteinase)も、高インスリン血症-正常血糖クランプモデルでは病態形成期においてほとんど検出されない。病態形成期に強い炎症反応が観察されるデンプン多給モデルでは特にMMP-2とMMP-9が注目されていたが、少なくともMMP-9は白血球関連性物質であり、蹄葉炎の病態形成期において重要な役割を担う物質ではないということが明らかになっている。高インスリン血症-正常血糖クランプモデルでも、後期ステージ(48時間後)ではMMP-9の活性上昇が観察されるが、これは白血球浸潤に伴うものであり、病態形成に関与するものではないと推定される。

 

ただし、内分泌性蹄葉炎における炎症の役割については矛盾する報告が存在しており、内分泌性蹄葉炎において全身性炎症反応がどの程度病態形成に関与しているかは不明である。

 

<参考資料>
1. Equine Medicine 7 p.571
2. Equine Laminitis p.68-74,