heel-upしたとき、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる?

大きく heel-up すると深屈腱の負担が軽くなりやすい。球節を保持する役割を担っているのは主に浅屈腱・深屈腱・繋靭帯なので、heel-upすることで深屈腱の負担が軽くなった分、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる、と言われる。

 

これはどの歩法においても正しいのだろうか。あるいは、前肢でも後肢でも正しいと言えるのだろうか。現時点で報告されているデータをもとに、heel-up したときの浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の負担について考えてみたい。

 

前肢
heel-upによって深屈腱の負担が小さくなったときに浅屈腱や繋靭帯の負担が増えるかどうかは、歩法によって変わると報告されている。
● 常歩 … もともと深屈腱の負担が小さいため、大きく heel-up して深屈腱を緩ませても浅屈腱の負担はほとんど変わらない。
※ ポニー5頭の前肢浅屈腱・深屈腱・繋靭帯にセンサーを埋め込み、7°heel-upしたときに浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の負担がどのように変わるのか調べたところ、浅屈腱の負担はほとんど変わらず、深屈腱の負担が小さくなった分、繋靭帯の負担が増えた。
● 速歩 … 深屈腱の負担は比較的小さいものの、heel-upにより深屈腱の負担を軽くすると、浅屈腱の負担がわずかに増えるとされる。
※ サラブレッド3頭の前肢浅屈腱にセンサーを埋め込み、蹄角度52°の蹄にヒール・ウェッジやトー・ウェッジを挿入して蹄角度を変えたときに浅屈腱の負担がどのように変わるのか調べたところ、5°の heel-up でも浅屈腱の負担がわずかに増加した。反対に、4°の toe-up でも、浅屈腱の負担がわずかに減少した。(heel-up することで浅屈腱の負担が増えることを示した研究論文の紹介
● 駈歩 … 深屈腱の負担が増え始めるため、heel-up することで深屈腱の負担が軽くなれば、浅屈腱や繋靭帯の負担が増えやすいと推測される。特に、速歩よりも浅屈腱の弾性エネルギーを効果的に利用しにくいため、深屈筋が疲労しやすい。
※ このことを証明した文献は今のところ存在しない。
● 襲歩 (ギャロップ) … スピードが上がるほど深屈腱の負担が大きくなり、深屈腱も球節を保持する機能を担う。また、深屈筋が疲労すると浅屈腱の負担が増え、浅屈腱炎に罹患しやすくなると推定されている。したがって、heel-up することで深屈腱の負担が軽くなると、浅屈腱や繋靭帯の負担が増えると推測される。
※ このことを証明した文献は今のところ存在しない。

 

ちなみに、繋靭帯と浅屈腱が最も伸びた状態になるタイミングは同じだが、深屈腱が最も伸びた状態になるタイミングは異なる。

スタンス期における浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の張力

※ グラフの上方向に行くほど、腱や靭帯が伸びた状態であることを表す

 

繋靭帯が最も伸ばされるタイミング…最大荷重時(スタンス中期)
浅屈腱が最も伸ばされるタイミング…最大荷重時(スタンス中期)
深屈腱が最も伸ばされるタイミング…反回時

 

最大荷重時には球節が最大沈下するため、繋靭帯と浅屈腱は最も伸びた状態になる。一方で深屈腱は、最大荷重時に蹄関節が屈曲するために最も伸びた状態にはならない。深屈腱が最も伸びた状態になるのは、蹄踵が地面を離れる直前である。

最大荷重時の浅屈腱深屈腱繋靭帯

 

蹄踵が地面を離れる直前(反回直前)の浅屈腱深屈腱繋靭帯

 

後肢
後肢ではheel-upにより深屈腱の負担を軽くすると常歩でも球節が沈下しやすくなるため、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなると予想される。
これを直接的に証明したデータは現時点では見当たらないものの、連尾部分の幅が広い蹄鉄を装着することで後肢の蹄が滑りやすくなると、後肢の球節がより大きく沈下すると報告されている。

着地直後の後肢(浅屈腱深屈腱

 

後肢の浅屈腱は、踵骨隆起(飛端を形づくる足根骨である踵骨の隆起部)に靭帯で固定されている。飛節より遠位 (飛節より下) の浅屈腱は後肢に荷重がのるにつれてゴムのように伸ばされ、荷重が小さくなったところで伸びきった浅屈腱が一気に縮むことで肢端を跳ね上げる役割を担っている。したがって、飛節の遠位 (飛節より下) で浅屈腱を切断すると、負重時に球節が大きく沈下する。

 

右後肢の飛節を横から見た図(右後肢・外側面)

 

一方で、飛節より近位 (飛節より上) の浅屈腱の伸縮性は低いため、膝と飛節の前面を走る第三腓骨筋とともに、膝が曲がったときに同時に飛節を曲げる役割を担う。

 

後肢の相反連動構造(reciprocal apparatus)
膝が屈曲したとき、飛節および球節が同時に屈曲する構造を、相反連動構造と呼ぶ。膝が屈曲したときに飛節が同時に屈曲するのは、膝が屈曲したときに浅屈腱と第三腓骨筋が飛節を持ち上げるためである (第三腓骨筋と飛節より上の浅屈筋・腱はあまり伸びない)。

後肢では膝が屈曲したときに自動的に飛節と球節が屈曲する

浅屈腱深屈腱第三腓骨筋

 

また、飛節が曲がると深屈腱が引っ張られるため、球節と蹄関節も同時に曲がる。深屈腱は踵骨に固定されていないため、飛節が曲がるとピンと張ったまま載距突起(踵骨隆起の横に位置する突起)の上を滑らかに滑り、蹄骨を引っ張るからだ。このような構造になっているため、後肢では膝が曲がるとともに飛節、球節、蹄関節が屈曲する。

右後肢の飛節を後ろから見た図(右後肢・掌側面)

 

後肢に体重がのると膝、飛節、球節が閉鎖する (折りたたまれる) ため、深屈腱は飛節が曲がるとともに引っ張られ、ピンと張った状態になる。これにより蹄尖が地面を噛む。したがって後肢では、管部中央で深屈腱を切断すると、常歩でも負重時に蹄尖が浮く。

 

最大荷重時(スタンス中期)の後肢(浅屈腱深屈腱

 

蹄が十分に沈み込む深い馬場で運動する場合、ウェッジ・バー等を用いて heel-up しなくてもエッグバーや連尾蹄鉄を装着することで蹄踵が沈み込みにくくなり、最大荷重時に heel-up した状態になる場合がある。この場合、同様に後肢では浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなりやすいと考えられる。

 

しかし、heel-up や特殊蹄鉄の作用は、蹄角度や肢勢によって大きく変わってしまう。データだけで短絡的に装蹄を語ることはできない。

 

<参考資料>
1. Equine Locomotion p.105, 130
2. Paul R. Stephens et al. (1989) Application of a Hall-effect transducer for measurement of tendon strains in horses. Am. J. Vet. Res. 50, 1089-1095
3. J. E. Symons et al. (2014) Distal hindlimb kinematics of galloping Thoroughbred racehorses on dirt and synthetic racetrack surfaces. Equine Vet. J. 46, 227-232
4. Sebastien Caure et al. (2018) The influence of Different Hind Shoes and Bare Feet on Horse Kinematics at a Walk and Trot on a Soft Surface. J. Equine Vet. Sci. 70, 76-83