深屈腱への石灰沈着と繋靭帯炎が認められた障害飛越競技馬(アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル記事の紹介)

※ アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル2019年5・6月号 (p.54-61) に掲載された記事 (投稿者:スチュアート・ムーア、Rood and Riddle Equine Hospital 勤務装蹄師) の概要をご紹介します。記事にはX線画像、超音波検査画像、装蹄前後の蹄の写真が多数掲載されていますので、ご興味のある方はアメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル2019年5・6月号 (p.54-61) をご参照ください。

 

症例の経過
2017/4/13
〇 左前肢 跛行グレード2/5 (AAEP grading):速歩の直線運動では跛行を確認しにくいが、特定の条件下(円運動、硬地上など)で一貫して跛行が確認された。
〇 指動脈の拍動は触知されなかった。
〇 蹄鉗子に対する反応は認められなかった。
〇 PD nerve blockにより60〜70%跛行改善が認められた。proximal suspensory ligament blockにより跛行が消失した。超音波検査により、繋靭帯起始部に炎症が認められた。
〇 X線検査により、深屈腱の蹄骨付着部近辺に石灰沈着が認められた。左前肢PA≒0だった。

変性あるいは壊死した組織には、血液中のカルシウム濃度とは無関係に局所的にカルシウム塩が沈着する。

 

慢性的な蹄部の疼痛により、二次的に繋靭帯起始部を損傷したと推測された。
深屈腱に石灰沈着が認められることから、予後は悪く、球節以下の神経切断術(posterior digital neurectomy)が跛行を改善する唯一の方法であると判断された。局所麻酔投与後に左前肢の跛行が消失した時も右前肢の跛行は認められず、さらにX線検査、超音波検査にて右前肢の顕著な異常は認められなかったが、左前肢のみならず右前肢の神経切断術が推奨された。(右前肢の方が蹄角度が低いが、PA≒0だった)

神経切断術(切神術)を施した場合、馬術競技に出場できない。競技会では、獣医検査により神経切断術を施されていることが判明したとき、日馬連の規程により、失権または失格となる。
(FEI Veterinary Regulations 2019 Article 1048, JEF獣医規定第1015条)

 

2017/4/21
〇 両前肢球節以下の神経切断術が行われ、術後2週間馬房内休養を行い、その後3週間にわたって曳運動を行った。術後30日間は術部のバンデージを毎日交換し、術後10日間、ビュート(1g、経口投与、1日2回)を投与した。

 

2017/8/21
〇 左前肢 跛行グレード2.5/5(跛行の程度は神経切断術前よりやや悪化)
〇 左前肢の腱鞘が腫脹し、腱鞘および球節以下の腱に触診痛があった。腱鞘内に局所麻酔薬を投与したところ、跛行が75%改善した。
〇 繋靭帯起始部の触診痛がわずかに認められた。
〇 蹄鉗子に対する反応は認められなかった。
〇 球節の屈曲痛は認められなかった。
〇 X線検査により、深屈腱の石灰沈着が進行し、神経切断部より近位部に至っていることが判明した。

 

獣医師により障害飛越競技からの引退が推奨された。オーナーは競技を引退するとともに、様々な装蹄療法を試すことを希望した。

 

4週ごとの装蹄において、様々な種類の蹄鉄の装着 (接着装蹄を含む) と蹄底充填剤を試したが、顕著な跛行改善は認められなかった。
両前肢とも典型的なlong toe / low heelであり、蹄底が浅かった。また、蹄鉗子検査により蹄叉部にやや反応が認められた。(装蹄師による判断)

 

2018/4
跛行の程度がやや軽くなった。
蹄尖部と蹄踵部を上彎状にしたハートバー蹄鉄(a short heart-bar shoe with roller motion mechanics)を装着した。
● ナビキュラー領域への圧力を小さくするため、上彎により反回を促進させるだけでなく、蹄尖部を詰めた (最大横径部より前の長さを短くした)。
● ハートバー部分により、軟地上ではヒールウェッジ装着に類似する効果が得られる。
● 蹄踵部が上彎状になっていることで、最大荷重時の蹄踵部への負担を小さくすることができる。

 

2018/5
跛行の程度に明らかな変化は認められなかったが、蹄形(蹄底の深さ、蹄踵の高さ・位置)はやや改善した。
アルミニウム製の全方向反回・厚尾蹄鉄を釘どめし、エクイパックを充填した。
● PAを大きくするとともに、ナビキュラー領域への圧力を軽減するため、厚尾蹄鉄を用いた。
● 反回時の深屈腱・ナビキュラー領域への負担を小さくするため、全方向反回蹄鉄を用いた。
● 厚尾蹄鉄を装着することで、蹄叉に荷重がかかりにくくなることを防ぐため、エクイパックを充填した。

 

2018/6
跛行の程度に明らかな変化は認められなかった。
前回の装蹄に加えて、ナビキュラー領域への圧力を最小限とするため、蹄後半部(最大横径部より後ろの部分)にプレートを溶接した。
● 蹄後半部のプレートにより、軟地上でのヒール・アップ効果がさらに大きくなると推測される。

 

考察
〇 両前肢蹄ともlong toe / low heelであったため、病態が急速に進行したと考えられる。
〇 繋靭帯起始部炎の装蹄療法として、蹄尖部幅広・ペンシルヒール蹄鉄の装着が推奨されているが、この蹄鉄は深屈腱の負担を大きくすることで繋靭帯の負担を軽くすることを狙った蹄鉄であるため、深屈腱が損傷しているこの症例では装着することができなかった。
〇 このように複数個所を傷めている場合、まずは痛みが最も強い部分に集中的に対処することが重要だが、痛みに対処することは難しい。ただし、考慮しなければならないことがたくさんある症例では特に、蹄荷重のバランスを損なうような装蹄療法は逆効果だろう。
〇 この症例では、神経切断術を行っても改装4回後に至るまで跛行が持続した。神経切断術を行っても、蹄のバランスを整えなければ、確実に病変は進行する。
〇 跛行を呈し、深屈腱に石灰沈着が確認された左前肢の方が、跛行および病変が認められなかった右前肢よりも蹄角度が大きかった。これは、痛みにより左前肢への荷重が減少していたためだと推測される。

 

1年後の現在も、装蹄療法が続けられている。