ナビキュラー症候群の装蹄法

ナビキュラー症候群の原因

症候群とは、原因が特定できないものの、一連の症状を呈す場合に、その症状の総称として用いる用語である。原則的に、原因が判明すれば病名に変更されるが、慣用的に「症候群」と呼び続けることもある。ナビキュラー症候群では、原因を特定できないことが多いため「ナビキュラー症候群」と呼ばれる。

 

ナビキュラー症候群を呈す場合に傷めている可能性がある部位として、次のものが挙げられる。
@ トウ骨:遠位種子骨(navicular bone)
A トウ嚢(navicular bursa)
B 提携靭帯(collateral suspensory ligaments)
C 不対靭帯(distal sesamoidean impar ligament)
D 深屈腱(deep digital flexor tendon)

 

 

トウ骨周囲の微細血管内に血栓が形成され、閉塞することが一因である、という仮説も存在する。しかし、ナビキュラー症候群に罹患した馬の蹄を解剖してみると血栓の形成が観察される例が多いものの、血行動態を変化させることで同様の病態を再現することに成功した例はなく、血栓形成がナビキュラー症候群の原因となる得るのか、結果であるのかについては、明らかになっていない。

慢性蹄踵痛とナビキュラー症候群の鑑別

 

慢性蹄踵痛とナビキュラー症候群を鑑別することは難しい。慢性蹄踵痛も痛みのある部位を特定するのが非常に困難であり、遠位指輪状靭帯、蹄関節側副靭帯などの損傷も慢性蹄踵痛の原因となる可能性があると考えられている。レントゲン検査によりトウ骨の状態を推定する、トウ嚢に局所麻酔薬を注入して跛行の程度が改善するか調べる、などの方法によりナビキュラー症候群であることを推定することはできるが、MRI などを用いない限りナビキュラー症候群を確定診断することはできない。

 

ナビキュラー症候群の装蹄法
@ heel-up
後方破折を伴うl ong-toe, low heel がナビキュラー症候群の原因となると考えられてきたため、heel-up して深屈腱を緩めることでトウ骨周囲の構造にかかる力を減らすことができると言われてきた。しかし、後方破折を伴う long-toe, low-heel だけではなく、蹄踵が過剰に高い蹄でも、ナビキュラー症候群を発症しやすいことが知られている。この場合の原因、対処法についての研究は進んでいないが、急性蹄葉炎において heel-up すると蹄骨にかかる力の向きが変わるため、トウ骨にかかる力が大きくなるためだと考えられる。
したがって、後方破折を伴う long-toe, low-heel では趾軸が一致するまで heel-up をすべきだが、過剰な heel-up は将来的に有害である可能性が高い。ただし、大きく heel-up するとトウ骨への力のかかり方が変化するため、一時的に痛みが和らぐ可能性はある。

理想的な蹄形においてトウ骨にかかる力

 

蹄踵が過剰に高い蹄においてトウ骨にかかる力

 

A 反回点を下げる
反回直前に深屈腱が最も伸びた状態になりトウ骨周囲の構造が圧迫されるため、反回点を大きく下げことで反回時の深屈腱を緩め、トウ骨周囲の負担を小さくすることができると考えられている。したがって、heel-up による反応が悪い馬でも、反回点を下げる処置は行うべきであると考えられる。

 

装蹄師以外の皆様へ

 

後方破折を伴う long-toe, low-heel がナビキュラー症候群の原因となると古くから言われてきました。しかし、蹄踵が潰れているからといってヒール・ウェッジなどを用いて安易に heel-up すると、さらに蹄踵が潰れてしまいます。これが装蹄師が安易に heel-up しない理由で、装蹄師は皆、蹄踵の潰れを和らげるための方法を常に模索しています。海外でも、蹄踵の潰れに対処するために鉄橋や蹄底充填剤によりなどにより蹄叉や蹄底に荷重を分配する方法が提唱されていますが、蹄叉や蹄底への負担を増やす代わりに蹄踵にかかる負担を減らす処置であるため、理論通り上手くいかないことの方が多いのが現状です。蹄踵が潰れている蹄では、クッションとして機能するはずの跖枕が潰れてしまっていることが多く(※1)、蹄叉や蹄底の負担が大きくなることで痛くなる場合が多いからです。跖枕が潰れてしまう原因は明らかになっていませんし、潰れてしまった跖枕を元に戻す方法も今のところ存在しません。
最も重要なことは、ひとくちに「ナビキュラー症候群」と言っても、有効な装蹄法が馬によって異なるということです。なぜなら、同様の跛行を呈していても、傷めている部位が異なるからです。残念ながら、傷めている部位を厳密に特定することは MRI を利用しない限り不可能ですので、装蹄後の馬の反応を観察しながら装蹄法を修整していくしかありません。大きく装蹄法を変えることは常に跛行の程度を悪化させるリスクを伴うため、装蹄により跛行を和らげるためには長い目で見て試行錯誤を繰り返す必要があります。

 

(※1) 蹄踵が潰れている蹄では、跖枕(せきちん)が潰れていることが多い。


蹄踵がしっかりしている蹄では跖枕が潰れていない

蹄踵が潰れている蹄では跖枕が潰れている

 

 

ナビキュラー・シューとは

ナビキュラー・シューと呼ばれるナビキュラー症候群用の特殊蹄鉄が市販されている。この蹄鉄により期待される作用は以下の通りである。
@ 反回点を蹄関節の回転中心の真下まで下げることで反回時の深屈腱を緩める。反回点の位置を決めるために、レントゲン画像を参考に装蹄することが望ましい。
A エッグバーによって着地時の衝撃が分散されやすくなる。特に蹄踵部にかかる衝撃が小さくなるとされる。
B 蹄尖部の除土面を大きく設けることで蹄尖部が地面に潜り込みやすくなる。エッグ・バーにより蹄踵は地面に潜り込みにくいため、深い砂の上では heel-up効果が生まれやすい。ただし、これだけでは heel-up 効果が乏しいため、著しく後方破折している蹄においては heel-up すると良いと考えられる。
C アルミ製であることも意味があるとされる。蹄鉄が重くなると蹄の跳ね上がり (※2)が大きくなり(肢端が重いためにスイング期に蹄が大きく振られるためだと推測される)、大きく跳ね上がった蹄をコントロールするために深屈筋と総指伸筋がより大きく収縮する (※3)。これにより、重い蹄鉄を装着することで着地後にトウ骨にかかる力が大きくなる。蹄鉄 (478g) を装着した場合、蹄鉄を装着しない跣蹄の場合と比べてトウ骨にかかる力が14%増加する、と報告している文献もある。

 

(※2) 一完歩の間に蹄が描く軌跡を flight arc という。

 

(※3) ポインティング動作蹄が着地する直前に総指伸筋と深屈筋が収縮することで、指骨 (前肢の球節より下の骨) / 趾骨(後肢の球節より下の骨)の遊びをなくして着地に備える動作をポインティング動作という。

 

 

<参考資料>
1. Equine Laminitis p.475-491
2. E. Eliashar et al. (2004) Relationship of foot conformation and force applied to the navicular bone of sound horses at the trot. Equine Vet. J. 36, 431-435
3. M.A.Willemen et al. (1999) The effect of orthopaedic shoeing on the force exerted by the deep digital flexor tendon on the navicular bone in horses. Equine Vet. J. 31, 25-30
4. Chateau H et al. (2006) Effects of egg-bar shoes on the 3-dimensional kinematics of the distal forelimb in horses walking on a sand track. Equine Vet. J. Suppl. 36, 377-382
5. Equine Locomotion p. 161-167