蹄葉炎を発症させるフラクタンとは

植物内で蔗糖と果糖から合成される水溶性炭水化物。低温環境下でも凍結しない糖であるため、寒冷期に植物が栄養分として蓄積する。したがって、春先の牧草に多く含まれ、寒冷環境下では、牧草の乾燥重量の40%に達するほど牧草内に蓄積されることもある。
フラクタンは体内で消化されず微生物の発酵によって分解される非構造性炭水化物であるため、大半は小腸で消化されずに大腸に至り、大腸内で細菌によって分解される。一度に大量にフラクタンを摂取してしまうと、腸内環境が大きく変わり、腸内細菌叢が変化する。このとき死んだ細菌の一部が毒素となって全身に炎症反応を起こしてしまうため、葉状層が傷害されてしまうと考えられている。炎症反応は本来、細菌などの異物と戦うためのものだが、炎症反応によって体の組織も少なからず損傷する。したがって、体中で炎症反応が起こると最終的に多くの臓器が機能しなくなってしまうが、葉状層は低酸素環境であるために炎症反応が増幅されやすく、他の臓器が機能しなくなってしまうはるか前に蹄葉炎を発症してしまう。このメカニズムにより発症する蹄葉炎は一般に食餌性蹄葉炎と呼ばれる。ちなみに、食餌性蹄葉炎は、その発症メカニズムが感染症に続発する蹄葉炎に類似することから、専門書Equine Laminitisでは敗血症性蹄葉炎の一部として分類されている。

セルロースなど植物の細胞壁を構成する炭水化物を構造性炭水化物と呼び、それ以外の炭水化物を非構造性炭水化物と呼ぶ。非構造性炭水化物の例として、フラクタンやデンプンが挙げられる。

 

ただし、1日の大半を放牧地ですごす繁殖牝馬の蹄葉炎は、ふつう、食餌性性蹄葉炎ではなく、内分泌性蹄葉炎である。ポニー以外では、食餌性蹄葉炎を起こすほど大量のフラクタンを短時間に摂取するとは考えにくいからである。繁殖牝馬の蹄葉炎は深刻な経過をたどることが少なく、舎飼いにすることで痛みが数日から1週間程度で和らぐことが多い。内分泌性蹄葉炎の痛みは、葉状層そのものではなく、わずかに変位した蹄骨の先端が圧迫されることにより生じると言われており、短時間で蹄骨が変位してしまうために強い痛みが長期間持続する敗血症性蹄葉炎とは痛みの表れ方が大きく異なる。
内分泌性蹄葉炎は痛みが比較的短時間で和らぐために放置されやすく、インスリン抵抗性の悪化とともにじわじわと蹄骨の変位が進行し、蹄骨が大きく変位してはじめて蹄葉炎と診断されることが珍しくないとされる。蹄骨が大きく変位してしまうと痛みが持続しやすく、管理が難しくなる。したがって、蹄骨が顕著に変位する前に蹄葉炎を疑い、蹄骨の変位をできるだけ防ぐ必要がある。
インスリン抵抗性を評価する方法は既に確立されており、インスリン抵抗性が高いと判断される場合には、適切に対処することが蹄葉炎の発生を予防する、または悪化を防止することにつながる。対処法として、飼料を変更するだけでなく、放牧時間を変えることが有効と言われている。例えば、放牧地に生えている牧草中の非構造性炭水化物含有量は、季節変動だけでなく日内変動も大きい。日射量が多い昼間は光合成が活発になり炭水化物の産生量が多くなるため、インスリン抵抗性の高い馬は午前3時〜10時に放牧する、あるいは日影が多い放牧地に放牧することが望ましいと言われている。インスリン抵抗性がそれほど重篤でない場合には、日中のみ口かごを装着することも有効かもしれない。また、インスリン抵抗性を示す乗馬に乾草を給餌する場合も、注意する必要がある。寒冷環境下で生育した1番草にはフラクタンが多く含まれるためである。フラクタンなどの水溶性炭水化物は乾草をお湯に30分あるいは水に60分浸すことで除去することができる、という目安があり、インスリン抵抗性の高い馬ではこの目安を参考にして水溶性炭水化物を除去した乾草を給餌すると良い。

 

ポニーでは、放牧地の青草を自由摂食することで食餌性蹄葉炎を起こすほど多量のフラクタンを摂取することがあると指摘されている。放牧地における牧草の摂食量はたいてい過小評価されており、12〜17時間の放牧により乾燥重量にして体重の2〜2.5%以上の牧草を摂食すると推定されている。そして体重の2.5%にあたる牧草を摂食したとき、最大で3.5kgものフラクタンを摂取している可能性がある。これをオリゴフルクトースに換算すると、蹄葉炎を誘発できる量のおよそ2倍量となる。

 

大量のフラクタンを摂取した場合に発症する蹄葉炎を模した実験モデル:オリゴフルクトース誘発性蹄葉炎モデル <獣医師向け>
オリゴフルクトース誘発性蹄葉炎モデルは、大量のフラクタンを摂取した場合に発症する敗血症性蹄葉炎を模した実験モデルで、10g/kg のオリゴフルクトースを水に溶いたものを経鼻投与すると、24〜36時間後に蹄葉炎に起因する跛行が観察される。オリゴフルクトース誘発性蹄葉炎モデルは古典的なデンプン多給モデルよりも確実に蹄葉炎を誘発することができるため、現在でも蹄葉炎の研究に多用されている。混乱しやすいが、この実験モデルはあくまでも敗血症性蹄葉炎を模したものであり、ポニー以外では、フラクタン含有量の特に高い春先に1日中放牧したとしても、敗血症性蹄葉炎を発症するほどのフラクタンを短時間に摂取することはないと考えられている。

 

大量のオリゴフルクトースを経鼻投与すると投与2時間後に後腸に達し、オリゴフルクトースを利用できるグラム陽性細菌の異常増殖により乳酸が大量に生成するため、投与6〜12時間後には盲腸内のpHが5を下回る。オリゴフルクトース大量投与16時間後までに連鎖球菌が急速に増殖する一方で、大腸菌が増殖するタイミングは蹄葉炎の病態を形成するには遅すぎることから、蹄葉炎発症の直接的な原因は連鎖球菌の異常増殖であると考えられている。また、精製エンドトキシンを投与することで蹄葉炎を誘発できた例がないこと、ポリミキシンBやフルニキシン・メグルミンなどの薬剤を投与することによってエンドトキシン血症の徴候を制御することはできるが蹄葉炎の発症を抑制することはできないことから、エンドトキシン血症の蹄葉炎発症への直接的な関与は疑問視されている。したがって、ヒト医療と同様に「エンドトキシン血症」という表現はより包括的な「敗血症」という単語に置換すべきであり、細菌由来の複合的な有毒物質(PAMP:pathogen-associated molecular patterns または MAMP:microbe-associated molecular patterns)および傷害された消化管組織から放出される宿主由来のタンパク質(DAMP:damage-associated molecular patterns)が体内循環に入り炎症を誘発することが、敗血症性蹄葉炎の主要な病態生理だと考えられる。

 

 

<参考文献>
1. Equine Laminitis p.59-63
2. Equine Podiatry p. 374-375