サスペンサリー・シューを前肢に装着すると、繋靭帯・浅屈腱の負担を小さくすることができる?

サスペンサリー・シュー(suspensory shoe)とは

ワイド・トー・シュー(wide toe shoe)とも呼ばれる。
サスペンサリー・シューを前肢に装着すると、蹄が沈み込むような深い馬場の上では蹄尖が沈み込みにくくなるため、深屈腱の負担が増える代わりに、繋靭帯や浅屈腱の負担が減ると考えられている。深い馬場のみで toe wedge を挿入したときのような作用が生じるので、蹄が沈み込まないような地面の上では効果を発揮しない。

 

蹄尖が沈み込みにくくなると本当に繋靭帯や浅屈腱の負担が軽くなる?

サスペンサリー・シューを前肢に装着すると、繋靭帯・浅屈腱の負担を小さくすることができる?

蹄尖が沈み込みにくくなると、相対的に蹄踵が沈み込むため、深屈腱が緊張する。このとき、深屈腱の負担が増えるため、相対的に浅屈腱や繋靭帯の負担が減る、と考えられている。サスペンサリー・シューは既に市販されているし、海外の装蹄師向けの雑誌(American Farriers Journal, the Farriers Journal)でも紹介されている。しかし、科学的にきちんと証明されているとは言えず、次のような疑問が残る。

 

前肢の球節を支える役割を担っているのは少なくとも常歩・速歩では主に繋靭帯である。サスペンサリー・シューを装着することで、駈歩や襲歩(ギャロップ)においては浅屈腱や繋靭帯の負担を減らすことができるかもしれないが、常歩・速歩においは浅屈腱や繋靭帯の負担はあまり変わらないのではないか?(heel-upしたとき、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる?

 

グリップの強い馬場では有効性が高いと考えられる
ただし、少なくともグリップの強い馬場においては、有効性が高い可能性がある。
例えば、オリンピックで使用される馬場(fiber/sand mixed track)は非常にグリップの強い馬場であるため、繋靭帯や浅屈腱に負担がかかりやすい。砂馬場で運動するとき、前肢蹄は着地した後、やや前に滑るとともに蹄踵が沈み込むために繋靭帯や浅屈腱の負担が小さくなる (滑りやすい馬場の方が前肢浅屈腱の負担が減るということは既に確かめられている)。グリップの強い馬場で運動するときには蹄が前に滑りにくくなってしまうため、繋靭帯や浅屈腱に負担がかかりやすい、という訳だ。
したがって、滑りにくい馬場で運動する場合、サスペンサリー・シューを装着することで砂馬場で運動するときのように蹄踵を沈み込ませることができると考えられている。この効果は実証されていないが、繋靭帯に不安がある馬を fiber/sand mixed track で運動させる場合はサスペンサリー・シューを装着する場合もある、と述べる装蹄師もいる。

 

サスペンサリー・シューのデメリット
サスペンサリー・シューは、深屈腱の負担を増やす代わりに浅屈腱や繋靭帯の負担を減らすことを狙って使用される蹄鉄である。したがって、深屈腱に問題のある馬やナビキュラー症候群の疑いのある馬には絶対に装着してはならない

 

サスペンサリー・シューは後肢でも同様の効果を生む?
後肢にサスペンサリー・シューを装着すると、前肢とは異なった効果が生じると予想される。そもそも後肢の蹄は前肢の蹄よりも大きく前に滑るが、蹄が前に滑った時の深屈腱のテンションの変化が異なる。

 

● 前肢:蹄が前に滑ると蹄踵が沈み込むため、深屈腱が緊張する。したがって、蹄が前に滑ることで繋靭帯や浅屈腱の負担が緩和されると考えられる。
● 後肢:蹄が前に滑ると飛節が直線に近づくため、深屈腱が緩む。したがって、蹄が前に滑ることで球節が大きく沈下し、繋靭帯や浅屈腱の負担が増えると考えられる。

 

後肢ではサスペンサリー・シューの装着により繋靭帯や浅屈腱の負担が増える可能性があるだけでなく、蹄尖が砂を噛みにくくなることで推進力を発揮しにくくなり、パフォーマンスが低下する可能性が高い。

 

<参考資料>
1. Equine Locomotion p.105, 130
2. Paul R. Stephens et al. (1989) Application of a Hall-effect transducer for measurement of tendon strains in horses. Am. J. Vet. Res. 50,1089-1095
3. N. Crevier-Denoix et al. (2009) Influence of track surface on the equine superficial digital flexor tendon loading in two horses at high speed trot. Equine. Vet. J. 41, 257-261
5. American Farriers Journal, Dec 2018, p.16
6. Equine Medicine 7 p.809-812