PPIDの診断・インスリン抵抗性の判定<獣医師向け>

PPIDに続発する蹄葉炎の直接的な原因はインスリン抵抗性であると考えられているため、PPIDを診断するとともに、インスリン抵抗性の有無を判定する必要がある。インスリン抵抗性はPPID罹患馬のうちおよそ70%で認められると報告されている。(PPID罹患馬では必ずしも副腎皮質の肥大が確認される訳ではない)

 

顕著なインスリン抵抗性が認められる場合、食餌療法とともに高インスリン血症を緩和する効果のあるメトフォルミン等の投薬療法が推奨される。また、PPIDによりインスリン抵抗性が増大するため、PPID罹患馬ではPPIDの薬物療法を行うことでインスリン抵抗性の増大を抑制することができるとされる。(PPIDの薬物療法・高インスリン血症を緩和するための薬物療法

 

最新のPPID, Equine Metabolic Syndrome 診断指針の詳細は Equine Endocrinology Group のHP にて参照できる。
現時点でPPIDの診断指針の最新版は2021年に発表されたもので、以下のようなアルゴリズムが提唱されている。
@ PPID の初期症状(PPIDの症状はどのように進行する?)が認められる、比較的若い馬 → TRH 刺激試験 + インスリン抵抗性の評価
 TRH 刺激試験の結果 → PPID が疑われる → ペルゴリドの投与を開始し、1 - 3 か月後に再評価する
 TRH 刺激試験の結果 → グレーゾーンまたは PPID とは断定できない → 3 - 6 か月後に再評価する

 

A PPID の顕著な症状が認められる、比較的年をとった馬 → Baseline ACTH の測定 + インスリン抵抗性の評価
Baseline ACTHの結果
 PPID が疑われる → ペルゴリドの投与
 PPID とは判断しづらい → TRH 刺激試験を行う
TRH 刺激試験の結果
 PPID が疑われる → ペルゴリドの投与
 PPID とは断定できない → 3 - 6 か月後に再評価する
@ A ともに、インスリン抵抗性が認められる場合、食餌療法を行い、必要に応じてメトフォルミン等の投薬を検討する。

 

インスリン抵抗性の評価方法
(1)絶食時グルコース濃度・インスリン濃度の測定
● 約6〜8時間絶食させ、朝10時より前に採血する。前日の夕食は少量の乾草のみにして、朝食前に採血すると良い。前日の夕方に普段と同量の乾草を与えると、与えなかった場合よりもインスリン濃度が上昇することが明らかになったため、少なくとも採血前6時間は完全に絶食させるべきであるとされる。正常血糖値を70-117mg/dL程度とする参考値は食事制限を行わずに測定したものであり、興奮状態でない絶食後血糖値の正常値は100mg/dL以下、血糖値120mg/dL以上は顕著な高血糖と言われている。
● 絶食時インスリン濃度が顕著に高い値を示さない限り、絶食時の採血のみでインスリン抵抗性を評価することはできない。2020年にEquine Endocrinology Groupによって公開された診断指針では、検査機関の用いる測定方法により、異なるカットオフ値を提唱している。以下の表は2017年に出版された専門書Euine Laminitisの既述を転記したものである。
● 持続的な高血糖および血中インスリン濃度の上昇はインスリン抵抗性を強く示唆する。
● PPIDだけでなく、馬メタボリック症候群(EMS)やストレス環境もインスリン抵抗性をもたらす。
● 検査機関によって インスリンの分析法が異なるため、検査機関の提示する基準値を参考に判断する必要がある。検査結果の判断方法の一例を以下に示す。※ インスリン濃度の単位1μU/mL=7pmol/L
● 鎮静薬の投与は Baseline ACTH およびインスリンの値に影響を及ぼす。鎮静薬の投与後少なくとも数時間は影響されるので、理想的には、鎮静薬の投与後 24 - 48 時間は PPID および インスリン抵抗性の評価を避けるべきだとされる。

 

絶食時グルコース濃度
(mg/dL)

絶食時インスリン濃度
(μU/mL)

<100

<20
(食後6時間未満の場合は<30が目安 ※1)

インスリン抵抗性を評価できない
インスリン抵抗性を評価するために糖負荷試験を行うことが推奨される

<100 >20

正常血糖値・高インスリン血症
インスリン抵抗性を評価するために糖負荷試験を行うことが推奨される

<100 >100

正常血糖値・顕著な高インスリン血症
まずは食餌療法(蹄葉炎罹患馬がインスリン抵抗性を呈す場合の栄養管理)、食餌療法に反応しない場合は薬物療法が推奨される

>100 >20

高血糖・高インスリン血症
膵臓の機能不全による血糖値の調節不全に陥っており、代償性インスリン抵抗性から非代償性インスリン抵抗性に移行しつつある。
PPIDの検査を行う。

>120 <20

顕著な高血糖
膵臓の機能不全が進行しており、高インスリン血症は認められないものの、非代償性インスリン抵抗性を呈している。
PPIDの検査を行う。

 

(2)糖負荷試験
● インスリン抵抗性を正確に評価するために行われる。絶食時インスリン濃度が異常に高いと判断される場合にのみ、糖負荷試験をしなくてもインスリン抵抗性が高いとみなすことができると言われている。
● この試験により蹄葉炎を発症することはないと言われている。
● 以前は、デキストロースを静脈内投与するCombined Glucose-Insulin Testが推奨されていた。この試験では、絶食時血液サンプルを採取した後に50%デキストロース溶液150mg/kgを静脈内投与し、その後直ちにインスリン0.1U/kgを静脈内投与した45分後、60分後に血液を採取する(15,25,35,45,60,75,90,105,120,135,150分後の血液採取が望ましい)。この試験は現在でも行われるが、糖を静脈内投与した場合、インクレチン(グルコースなどの消化産物が刺激となって小腸から分泌されるホルモンの総称で、インスリン分泌を促進する作用がある)によるインスリンの分泌促進が反映されないため、糖を経口摂取させるべきだと考えられている。
● 糖分を経口投与した一定時間後のインスリン濃度を測定する方法が提唱されているが、馬に特化した検査機関にて検査を行うことが前提となっており、日本ではふつうヒト用の検査機関で測定することになることを考慮すると、複数回採血を行い、血糖値およびインスリン濃度の推移を評価するべきだと考えられる。糖負荷試験にはKaro Light Corn Syrupを用いるOral Sugar Testと、乾草にグルコース粉末を混ぜるIn-feed Oral Glucose Tolerance Testがある。 Karo Light Corn Syrup はアメリカで一般的に市販されているバニラフレーバーのシロップで、ピーカンパイ等の材料となるようだ。日本でも、Amazonにて購入することができる。In-feed Oral Glucose Tolerance testの難点は、馬によって食べるスピードが異なるため結果の評価が難しくなることだけでなく、予想以上にグルコース粉末の嗜好性が悪い点にある。普段から嗜好性の高い飼料を食べなれている繁殖牝馬では、切草にグルコース粉末を混ぜたものだけでなく、グルコース粉末をお湯に溶いたものを燕麦に混ぜて与えても食べないことがある。一方で Karo Light Corn Syrup は水あめ状で、経口投与器を用いて容易に経口投与することができる。

 

Karo Light Corn Syrup Oral Sugar Test60 and/or 90分後に採血する方法や、60分後から90分後までの間に15分間隔で2回採血する方法が提唱されている。Karo Light Corn Syrupの投与量は、0.15ml/kg, 0.25ml/kg, 0.45mlの3種類があり、高用量投与した方がより感度が高いと言われている。2020年にEquine Endocrinology Groupによって公開された診断指針では、0.15ml/kgを投与した場合、インスリン濃度> 45 μU/mLをインスリン抵抗性の評価基準としている。
In-feed Oral Glucose Tolerance Test:糖負荷飼料として、粉末デキストロース0.5g/kgまたは1g/kg BWを水に溶き、1ポンド(450g)の非構造性炭水化物含有量の低い食餌とともに与える。馬が食べ終わってから2時間後に採血する。血糖値は食後60分後から120分後に最大となり、食後120分後のインスリン濃度がグルコース粉末0.5g/kgでは>68 μU/mL、グルコース粉末1g/kgでは>85 μU/mLでインスリン抵抗性と判断されるとされている。ただし、検査機関によってインスリンの分析法が異なるため、検査機関の提示する基準値を参考に判断する必要がある。

 

PPIDの診断指針
(1)Baseline ACTH濃度の測定
● PPID罹患馬では安静時の血漿中ACTH濃度が顕著に高値を示すことが知られていて、敏感度は馬90%、ポニー81.8%であると報告されている。
● 血漿中ACTH濃度は晩夏〜秋に高値を呈す。PPIDの初期には晩夏〜秋にかけてのみACTH濃度の異常が認められるため、8月〜10月に測定することが望ましいとされる。ある報告によると、5月にACTH濃度が正常だった馬の90%以上で9月にACTH濃度が基準値以上だった。
● ストレス状態下ではACTH濃度が上昇しやすいことを考慮に入れておくべきであり、運動や輸送後少なくとも 30 分は採血を控える。比較的軽度の痛みは Baseline ACTH や TRH 刺激試験の結果を左右しないと言われるため、慢性蹄葉炎の馬でも評価できるが、痛みが強い場合には、痛みが和らぐまで検査を延期する。
● 採血前の絶食は不要で、血液サンプルはEDTA採血管に採取し、4℃で保存して8時間以内に遠心分離する。分析するまで血漿を低温に保つことが非常に重要である。
● ACTH刺激試験は副腎の機能を評価する上では有用だが、PPID罹患馬においては視床下部-下垂体-副腎系の評価に適さないとされる。
● 診断指針については (2) TRH 刺激試験の表を参照。
● 鎮静薬の投与は Baseline ACTH に影響を及ぼすので、鎮静薬を投与しなければならない場合には、5-10 分以内に採血しなければならない。ACTH およびインスリンいずれも、鎮静薬の投与後少なくとも数時間は影響される。理想的には、鎮静薬の投与後 24 - 48 時間は PPID および インスリン抵抗性の評価を避けるべきだとされる。

 

(2)TRH刺激試験
● PPIDの早期診断には、Baseline ACTH濃度測定とTRH刺激試験が有用であるとされるが、ストレス等の要因により偽陽性になることがあるため、PPID の症状が認められない馬でグレーゾーンの結果が得られても、PPID とは考えにくい。
● 穀類給餌後 12 時間以内の採血は避けるが、乾草の給餌は許容される。糖負荷試験直前に TRH 刺激試験を行うことはできるが、糖負荷試験後 12 時間以内に TRH 刺激試験を行うことは避ける。
● 安静時に EDTA 管に採血した後、体重>250 kg の馬にはTRH 1mg、<250kg の馬には 0.5mg を静脈内投与し、正確に 10 分後、再び採血し、血漿中 ACTH 濃度を比較する。採血の時間は朝でなくても良い。血液検体は常に冷却し、郵送前に血漿を分離することが望ましい。

 

ACTH (pg/ml) PPID とは考えにくい グレーゾーン PPID が疑われる

Baseline ACTH  
12 - 6 月

<15 15 - 40 > 40

Baseline ACTH
7月、11 月

<15 15 - 50 > 50

Baseline ACTH 
8 月

<20 20 - 75 > 75

Baseline ACTH
9 - 10 月

<30 30 - 90 > 90

TRH 投与 10 分後 
1 - 6 月

<100 100 - 200 > 200

TRH 投与 10 分後 
7 - 12月

<100 偽陽性が多いため、判定負荷 偽陽性が多いため、判定負荷

 

● PPID罹患馬ではTRH(1mg,IV) 投与後15分以内にT3濃度やT4濃度の上昇が見られるだけでなく、コルチゾル濃度の顕著な上昇も見られる。コルチゾル濃度の上昇はTRH投与後90分間程度観察される。

 

 

 

<参考資料>
1. Equine Internal medicine p.1267-1268, 1273-1274
2. Equine Medicine 7 p.570-576
3. Equine Applied and Clinical Nutrition p.478-480
4. Nicholas Frank et al. Recommendations for the Diagnosis and Treatment of Equine Metabolic Syndrome (EMS), Equine Endocrinology Group, 2016
5. Diagnosing Insulin Dysregulation & Equine Metabolic Syndrome, Rossdales Laboratories
6. Nicholas Frank et al. Recommendations for the Diagnosis and Treatment of Equine Metabolic Syndrome (EMS), Equine Endocrinology Group, 2020
7. Andy E. Durham et al, ECEIM consensus statement on equine metabolic syndrome, Journal of Equine Internal Medicine, (2019) DOI: 10.1111/jvim.15423