肥満馬の減量プログラム

肥満馬の体重を減少させたい場合、穀類の給餌量を減らすとともに、乾草の1日給餌量を以下のように段階的に減らす。乾草のみの給餌になる場合、ビタミン、ミネラル、必須アミノ酸を含むサプリメントを与える必要がある。

 

<乾草の1日給餌量の減量>
現時点の体重の1.5%
 → 4週後に変化が認められない → 理想体重の1.5%
    → 4週後に変化が認められない → 理想体重の1.25%

 

● ポニーの場合、乾草の1日給餌量を理想体重の1%まで減らす必要がある場合もあるが、これは要求量の最小限である。したがって、1日給餌量を少量に分けて頻回給餌することが望ましい。
● 給餌量を減らすだけでなく、運動を1日1時間以上行う。速歩、駈歩だけでなく、可能な場合は傾斜のある運動場で運動すると良い。
● 上記の減量プログラムは臨床獣医師の豊富な経験に基づいたものである。減量プログラムおよび運動により減量できる例は多いが、中には予想以上に肥満の改善が難しい馬・ポニーも存在する。s飼料の変更と運動による肥満の改善が難しい馬・ポニーでは、薬物療法が推奨されている。
● 草の生えた放牧地へ放牧する場合、口かごを装着するか、放牧時間を短くする必要がある。また、放牧時間に気を配ると良いと言われており、夜または早朝から9〜10時頃までの間に放牧すると良いとされる。放牧地に生えている牧草中の非構造性炭水化物含有量は、季節変動だけでなく日内変動も大きく、日照量が多い昼間は光合成が活発になり非構造性炭水化物の産生量が多くなる。ただし、重度のインスリン抵抗性が認められる場合には、高インスリン血症が緩和されるまで草の生えた放牧への放牧を控える必要があると言われている。また、青草を摂取できない馬には、毎日ビタミンE1000IUを摂取させる必要がある。ビタミンE欠乏症:馬モーターニューロン病

 

放牧地に生えているペレニアルライグラスの水溶性炭水化物 (WSC:water soluble carbohydrate) 含有量は、春のよく晴れた日では5am 250g/kg、1-3pm 310g/kg, 11pm 180g/kg、10月の霧雨の降っている曇った日では、同じ牧草地で6am/1pm/8pm 150g/kg, 2am 120g/kg だったという報告がある。

 

なぜ肥満が蹄葉炎を引き起こすのだろう?
肥満と蹄葉炎との関連性は完全には解明されていないものの、インスリン抵抗性は重要な役割を担うと考えられている。馬メタボリック症候群の診断基準も、以下のようにバリエーションがある。

 

(1) 以下の3つの基準を満たすもの:@ 全身性および局所性の脂肪の増加が認められる、A インスリン抵抗性が認められる、B
敗血症など蹄葉炎を発症させる他のリスク因子がなくても蹄葉炎を発症する
(2) 以下の4つの基準のうち3つを満たすもの:@ BCS≧7,A CNS (たてがみの付け根の脂肪蓄積をスコア化したもの:Cresty Neck
Score)≧4,B 絶食時インスリン濃度>32mU/L, C 絶食時レプチン濃度>7.3ng/ml
(3) 以下の4つの基準のうち3つを満たすもの:@ BSC≧7および頸と尾の付け根に局所的な脂肪の蓄積が認められる, A
絶食時トリグリセリド濃度>57mg/dl, B >5.6mU insulin^2/[10・l・mg glucose], C Reverse inverse
square of insulin <0.32 [mU/l]^-0.5

 

たてがみの付け根の脂肪蓄積量を外貌からスコア化した CNS (Cresty Neck Score)
は、インスリン抵抗性と相関性があると報告されている。インスリン抵抗性を示す肥満馬が馬メタボリック症候群の典型例だが、すべての肥満馬がインスリン抵抗性を示す訳ではなく、また、痩せている馬が重度なインスリン抵抗性を示す場合もあることがわかっている。後者は蹄葉炎を発症しやすい品種(モルガン、パソフィノ、アメリカンサドルブレッドなど)に多いとされる。インスリン抵抗性に陥った後に
BCS が改善されてもインスリン抵抗性は改善されない場合があることは考慮すべきかもしれない。
サラブレッドやクォーターホースは重度なインスリン抵抗性に陥りにくい品種とされているものの、出産後のサラブレッド繁殖牝馬にデンプン含有量の多い餌を与えると、繊維と脂肪含有量の高い餌を与えた場合と比べてインスリン抵抗性を示しやすいと報告されており、サラブレッドではインスリン抵抗性を心配する必要はない、という訳ではない。サラブレッド去勢馬に穀類の多い餌を8週間与え続けたところ、インスリン抵抗性の上昇が認められたとの報告もある。また、興味深いことに、妊娠期後期(lasttrimester)の繁殖牝馬にデンプン含有量の多い食餌を与えることで80日齢と160日齢の仔馬でインスリン抵抗性が認められたという報告もある。インスリン抵抗性の増大は、OCDと関連するとも報告されている。

 

肥満と蹄葉炎を結びつけるインスリン抵抗性以外の因子として、肥満がもたらす全身性の炎症反応が挙げられている。脂肪組織が炎症性メディエーターを分泌することはよく知られており、局所性だけでなく、全身性に作用する可能性がある。脂肪組織から分泌される炎症性メディエーターとしてレプチン、アディポネクチン、TNFα、IL-1β、IL-6、MCP-1(monocyte chemoattractant protein 1) が挙げられ、また、遊離脂肪酸はインスリン抵抗性に関与するだけでなく、TLRs (toll-like receptors) を介して炎症反応を促進する。しかし、肥満馬においてTNFαとIL-1βのmRNA濃度の上昇が認められたという報告がある一方で、BCS との関連性が認められたのは SAA のみで、TNF, IL-1β, IL-6 と BCS の関連性は認められなかったという報告もある。内分泌性蹄葉炎の葉状層における炎症反応の役割はよくわかっていないが、肥満馬は炎症性マーカーにより炎症を増幅しやすいため、敗血症性蹄葉炎を引き起こしやすいと考えられている。
いずれにしろ、単なる体重増加が蹄葉炎を引き起こす訳ではない。代謝異常や内分泌異常が蹄葉炎に結びついていると考えられており、そのメカニズムの解明が待たれる。

 

肥満と蹄葉炎の関連性は古くからよく知られており、そのメカニズムが完全に解明されていないことから、肥満馬が顕著なインスリン抵抗性を呈していなかったとしても、飼料の改善や運動による体重減少を行わなくてよい、とは言えないだろう。
肥満馬においてインスリン抵抗性を評価する意義はある。インスリン抵抗性が重度な場合、飼料の改善と運動とともに薬物療法を取り入れることで蹄葉炎による痛みを緩和することができると言われている。また、飼養管理の改善前後でインスリン抵抗性を評価すれば、その改善が効果的なものかどうか調べることができる。インスリン抵抗性の評価は、内分泌性蹄葉炎の発症や悪化を予防するために、今後どのように馬を管理していけばよいか考える上で参考になるだろう。
蹄葉炎罹患馬がインスリン抵抗性を呈す場合の栄養管理

 

 

<参考資料>
1. Equine Medicine 7 p.572
2. Equine Laminitis p.150-154, 199-200, 436-441