蹄癌(canker)

蹄癌(canker)とは
蹄叉を中心にして生成された軟らかい異常組織を指す。悪臭を放ち、表面が毛羽立っている、またはカリフラワー状である。カッテージチーズ状と称されることもある。進行している例では異常組織が蹄叉から蹄球にかけて広がっており、触ると容易に出血する。また、異常組織は感覚が鋭敏なので増殖に伴い跛行を呈す。ただし、蹄球など他の組織に広がるまで疼痛徴候を呈さない場合もある。インターネットで “canker horse” と検索すると、症例の写真を多数見ることができる。

 

「蹄の癌」ではなく、canker(潰瘍)をcancer(癌)と誤訳したために蹄癌と呼ばれているとされる。蹄癌は初期には異常組織が増殖するが、進行すると潰瘍のように見える場合がある。

 

蹄癌の原因は未だに不明瞭である。嫌気性細菌などが病変部から分離されることから、病原体の感染が引き金となって異常組織が増殖すると推測されているが、因果関係は証明されていない。湿った不衛生な環境で飼育されていると発症すると言われてきたが、毎日きちんと手入れされている馬での発症例も報告されていることから、免疫力の低下も一因であると考えられている。複合的な要因により発症すると推測されるが、治療および再発予防において「乾燥した清潔な環境」が不可欠であることは間違いない。

 

蹄癌は見過ごされている例が世界的にも多いとされる。蹄叉腐爛であるとして数ヶ月にわたって対処されている間に進行する場合が多い。両者とも蹄叉組織の異常が観察されるが、「異常な組織の増殖」が少しでも認められたら蹄癌を疑う必要がある。

なぜ蹄叉部に異常な組織が増殖するの?

 

蹄叉の角質は、蹄叉真皮を覆うように存在する基底細胞が分裂し、蹄叉表面に移動する過程で細胞内に合成したケラチン(角質を構成するタンパク質)をため込むとともに核が消失することで形作られる。このように細胞が分化(変化)し、角質を形成する過程を角化という。角化が正常に進行すれば厚さがほぼ一定の角質層が形成されるが、様々な刺激が引き金となって異常な角化が起こることがある。これを病的角化または角質変性といい、角化が不十分で、核が遺残するものを特に不全角化または錯角化という。蹄癌で見られる異常組織を顕微鏡で見てみるといびつな形の角細管が観察され、これを構成する角化細胞には不全角化が認められる。蹄底ではなく蹄叉に不全角化が生じやすいのは、水分含量が高いため湿潤状態が維持されやすく、また、糞が詰まりやすいために嫌気性細菌が増殖しやすい環境であるためだと考えられる。ちなみに、正常時には角化しない粘膜の上皮が角化するものを化生といい、病的角化とは区別する。

 

治療法
蹄癌は再発率が高いことがよく知られており、再発例の多くは通常1年以内に発見される。また、発見時に既に異常組織が大きく広がっている場合は異常組織を完全に切除することが難しく、予後が悪い。したがって、異常組織が拡大する前に発見し、完全に切除することが重要である。

管理者の皆様へ

 

完治するまでには数ヶ月を要する場合もあります。治療を成功させるためには、敷料を乾燥した清潔な状態に保つ、毎日バンデージを取り換えて薬剤を塗布する、といった長期にわたる管理者の方々の努力が不可欠です。

 

異常組織の完全切除
● 短期間で治すためには早期に発見することが最重要であるため、ひとつの蹄に蹄癌の発生が認められたら、必ず他の3つの蹄でも早期病変がないかどうか注意深く観察する。
● 重度な場合は、鎮静剤の投与に加えて局所麻酔も併用する必要があるため、また、異常組織を切除する際に多量出血するため、獣医師の協力が不可欠である。出血量を減らすために、切除前には駆血帯を巻くと良い。
● 多量出血するが、躊躇せず病変部を全て切除することが治療において最も重要である。特に蹄叉側溝に病変部が遺残する例が多いので、血液を拭いながら蹄底組織と蹄叉との境界部を念入りに確認する。
● 切除が終了したら 0.05%ヒビテン液(クロルヘキシジン)を十分量かけた後、患部を脱脂綿やガーゼ等で覆い、バンデージを巻く。切除直後、患部に薬剤(後述)を塗布してからバンデージを巻くと良い。真皮組織の膨隆を防ぐために、患部にも軽く荷重がかかるようにしておく必要がある。患部を清潔に保つことが最重要であるため、可能であればホスピタル・プレート(連尾蹄鉄やエッグ・バーの接地面にアルミプレートをネジ止めしたもの)を用いると良い。ホスピタル・プレートを用いる場合、患部だけでなく蹄底全体に清潔なガーゼ等を詰めることで患部に常に薬剤の浸み込んだガーゼ等が接触しているようにする。また、ガーゼを多量に詰めることで患部に軽く荷重がかかるようにする。

 

患部への薬剤の塗布<獣医師向け>
異常組織を完全に切除した後、真皮が露出している部分に塗布する薬剤として様々な報告があるが、有効性の比較検討は進んでいないのが現状である。有効だと報告されている薬剤として以下のものが挙げられているが、実験的にも、また多数の症例においても、殺菌効果のある成分にプレドニゾロンを混ぜ、患部に塗ることで高い効果が認められたと報告されている。収斂剤を併用しても良い。なお、刺激性の強い硫酸銅、ホルムアルデヒド、焼灼剤は使用すべきでない。

 

● ドキシサイクリン・パウダー
● DMSO
● オキシテトラサイクリン
● 酢酸銅+硫酸亜鉛+はちみつ
● 過酸化ベンゾイル10%アトン溶液+メトロニダゾール・パウダー
● メトロニダゾール・パウダー、2%メトロニダゾール軟膏
● ケトコナゾール+リファンピシン+DMSO
● クロラムフェニコール

 

薬剤の経口投与の有用性<獣医師向け>
@ プレドニゾロン
異常組織を完全に切除した後、患部への薬剤の塗布を行いながらプレドニゾロンを経口投与することで治癒までの時間を短縮できると報告されている。なお、デキサメサゾンは蹄葉炎の発症が危惧されるため投与すべきでないと言われている。

 

抗炎症作用の強さは、プレドニゾロンを1とすると、メチルプレドニゾロン1.2、デキサメサゾン8、ヒドロコチゾン0.5と評価されている。

 

プレドニゾロンの投与量、投与期間として以下のプロトコルが推奨されている。
(1) はじめの1週間、1mg/kg、1日1回、経口投与
(2) 2週目1週間、0.5mg/kg、1日1回、経口投与
(3) 3週目1週間、0.25mg/kg、1日1回、経口投与
内因性コルチゾルのサーカディアン・リズムを考慮すると、コルチコステロイドは朝投与した方が良い。

 

A 抗菌薬の使用
一般的に、ウマでは抗菌薬やNSAIDsの全身投与は最大でも連続7日間に留めるべきであるとされる。重度な感染症では2週目から最大3週間程度にわたってST合剤の経口投与(30mg/kg、1日2回)などが行われる場合があるが、長期にわたる抗菌剤の全身投与は腸内細菌を攪乱するリスクがあるだけでなく、蹄癌に対する抗菌剤全身投与の有効性は疑問視されている。したがって、抗菌剤の全身投与を行う場合でも3日〜1週間に留め、患部の浸出液が減少するまで頻繁にバンデージを取り換えるとともに、患部への薬剤の塗布を継続することで感染の抑制を図るべきである。

 

<参考資料>
1. M. Oosterlinck et al. (2011) Retrospective study on 30 horses with chronic proliferative pododermatitis. Equine Vet. Educ. 23, 466-471
2. Equine Medicine 7 p.852-855
3. Lameness in Horses 6e p.519-521
4. Equine Laminitis p.22-38
5. 新 獣医薬理学 第三版 p.114
6. 動物病理学総論 第二版 p.29