ベルギー研究発表会:仙腸靭帯炎のショックウェーブ療法

2019年9月19〜21日にベルギー・ゲントにて開催された「馬のスポーツ医療とリハビリに関する研究発表会」における Aziz Tnibar氏の講演の一部をご紹介します。

 

仙腸靭帯炎とは
腸骨を仙椎に固定している仙腸靭帯の損傷は、軽度の跛行やパフォーマンスの低下の原因となることが知られている。他にも、間欠的な(見られたり見られなかったりする)跛行、起立時に特定の後肢に長時間荷重したがらない、臀筋の左右非対称などの徴候が認められることもある。

 

腸骨とは骨盤を構成する骨の一部で、腸骨、恥骨、坐骨を合わせて寛骨と呼ぶ。骨盤とは、正式には寛骨、仙椎、尾椎によって形作られる構造をいう。

 

 

仙腸靭帯は以下の図のように3種あり、特に損傷しやすいのは背側仙腸靭帯だとされる。

 

仙腸靭帯炎の原因を明確に特定できることは少ないが、落下や滑走による損傷だけでなく、後肢端や背の痛みに起因する過度な負荷が原因になるのではないかと言われている。

 

仙腸靭帯の損傷を診断する場合、特に歩様の観察に重点を置くべきだとされる。常歩および速歩を注意深く観察した後、騎乗時の駈歩、常歩における蛇乗り運動を観察する。蛇乗り運動においてラクダのような歩様に近づく場合、仙腸靭帯に痛みがある可能性が高い。特に背側仙腸靭帯に痛みがある場合、常歩においても尾の動きが認められなくなることもある。尾を常に左右どちらかに寄せている場合、寄せている側の背側仙腸靭帯が痛いことが多い。また、駈歩の特定の手前でパフォーマンスの低下が認められる場合、仙腸靭帯に痛みがある可能性が非常に高い。パフォーマンスの低下とは具体的には、推進力の低下、エンゲージメントの低下、不整駈歩になりやすい、3テンポの不明瞭化、うさぎ跳び様の駈歩などである。

 

後肢の屈曲試験では陰性となることが多いが、例えば左側の仙腸靭帯に痛みがある場合、右後肢を挙上した後、歩様の悪化を呈す場合もある。また、右後肢を挙上した際に馬体が左側に傾く場合もある。
触診では、寛結節を押し下げることで仙腸靭帯に負荷をかけ、反応を観察する。背側仙腸靭帯炎がある場合、仙結節を圧迫することで疼痛反応を呈す場合もある。

 

講演の概要

  • 仙腸靭帯炎の治療法は鍼治療やビスホスホネート製剤の投与がメジャーだが、ショックウェーブ療法の治療効果が期待できる。触診により仙腸靭帯炎が強く疑われた症例にショックウェーブ療法を行ったところ、対照群と比較して明らかに臨床徴候が改善していた。また、ラディアル型とフォーカス型のショックウェーブ発生装置を比較検討したところ、効果に差は認められなかった。

 

ショックウェーブ発生装置にはラディアル型、フォーカス型、と呼ばれる2つのタイプが存在する。しかし、一般的にラディアル型ショックウェーブと呼ばれるにもかかわらず、厳密にはラディアル型ショックウェーブはショックウェーブ発生装置として認められていない。フォーカス型の最大出力が15MPa〜70MPaであるのに対しラディアル型は0.4MPaであり、衝撃波が到達するのは皮下わずか0.5〜1cmまでであるという報告もあるため、高出力の衝撃は発生装置とは認められないためである。しかしラディアル型ショックウェーブ発生装置は無意味であるという訳ではなく、本講演内容のように、効果が認められるという報告も認められる。

 

講演終了後直ちに、「ラディアル型ショックウェーブ発生装置で仙腸靭帯にアプローチできるのか。触診による診断自体が不明確であり、休養による臨床徴候の改善が認められただけではないのか。」という質問が飛んだ。それに対してTnibar氏は、「ラディアル型ショックウェーブ発生装置の製造元は、10〜15cmの深さまで衝撃波が到達すると主張している。ショックウェーブ療法は、原理すら全容解明に至っていない新しい物理療法だということが再確認できる結果だ。」と述べた。

 

  • 興味深いことに、乗馬では右側の仙腸靭帯炎が多く、競走馬では左側の仙腸靭帯炎が多かった。競走馬の左右差は、右回りの競馬場が多いことが原因ではないかと考えられる。

 

講演終了後、「なぜ乗馬では右側の仙腸靭帯炎が多いのか」という質問が上がった。これに対してTnibar氏は、「理由はわからないが、人と同じように馬も右利きが多いのではないか…?」と述べた。この返答を聞いて、「なぜクラブフットは右前が多いのか?(IHCS2019:クラブフットの原因と対処法)」という質問に対するサイモン・カーティスの返答を思い起こした。「右前肢が高い場合と左前肢が高い馬では、体の使い方が異なる」という報告も存在するし、同研究発表会にて、「温血種における鞍のフィッティングを改善するためにき甲周りの形状を測定したところ、右肩の方が大きく張り出している馬が多かった」という報告もあった。本当に馬にも右利き・左利きの傾向が存在するのかもしれないし、あるいは、ライダーに右利きが多いことが原因かもしれない。

  • 約25cmの長さの針を用いて骨間仙腸靭帯にアプローチし、局所麻酔10〜20mLを注入する診断麻酔法が既に提唱されている。しかし2019年8月、S. Dysonらが、仙腸靭帯付近に局所麻酔を注入した後に起立が不安定になる例があると報告しているように、仙腸靭帯の診断麻酔はリスクを伴うと言える。

 

仙腸関節の診断麻酔について補足
(1) 背側仙腸靭帯の局所麻酔法
背側仙腸靭帯炎は、3つの仙腸靭帯の中でも特に傷めやすい靭帯であると報告されている。比較的表層に位置しているため、触診および超音波検査による損傷部位の特定が容易である。局所麻酔を注入する際にも超音波ガイドは必須ではなく、長さ4cm、20Gの針を損傷部位に刺入する。局所麻酔液の浸潤を最小限に留めるために、麻酔液量は最小限の5〜10mLが推奨されている。

 

(2) 骨間仙腸靭帯の局所麻酔法
仙腸関節のすぐ尾側には、重要な神経・血管が走行している。大坐骨孔には頭側臀動静脈・神経と坐骨神経が併走しており、最後腰神経、第一・第二仙骨神経も仙腸関節の頭側縁・尾側縁近くを走行する。
関節炎は仙腸関節の尾側縁に生じることが多いため、診断麻酔およびステロイドの投与は、尾側縁が主な焦点となる。文献には、以下の関節内麻酔1方法および関節周囲麻酔4方法が報告されているが、そのうち関節内麻酔法として提唱されている1方法は実験的な方法であり、侵襲性が高いため実用的ではない。したがって、関節周囲麻酔法について以下に記す。ちなみに、ヒトでは、関節周囲へのメチルプレドニゾロンおよびリドカインの注入は容易かつ安全で、仙腸関節炎の疼痛管理において有用だが、リドカインの関節周囲への浸潤により100%の患者で疼痛が消失したのに対し、関節内投与では36%の患者しか疼痛が消失しなかったと報告されている。ヒトでは、仙腸関節損傷に起因する疼痛は、主に関節周囲組織、特に仙腸関節尾側縁の中間1/3に起因すると考えられている。

 

@ 骨間仙腸靭帯周囲への頭側アプローチ(A)
超音波ガイド下で長さ20cm、18Gのspinal needleを中央線から外側5〜10cmの位置に刺入し、約40°の角度で進める。針が腸骨翼の腹側に至った後は、L5またはL6の横突起に突き当たるまで盲目的に進める。

 

A 骨間仙腸靭帯周囲への内頭側アプローチ(B)
仙骨結節頭側縁の2〜3cm頭側から長さ25cm、15Gの針を刺入し、寛結節頭側縁−大腿骨大結節間距離と同じ距離だけ針を進めた後、薬液を注入する。長さ25cmの針を用いると、平均的な大きさの馬では薬液注入時に針が皮膚から5〜10cm飛び出している。

 

B 骨間仙腸靭帯周囲への内側アプローチ(C)
仙骨結節の軸側から長さ20cm、18Gの針を刺入し、15cm程度(10〜18cm)針を進める。

 

C 骨間仙腸靭帯への尾側アプローチ(D)
ガイドとなる触知可能な構造に欠けるため、超音波ガイド下で20cm、18Gの針を刺入する。超音波画像上に腸骨翼の尾側縁を描出した後、プローブの尾側から針を刺入し、針が超音波画像上で確認できなくなってから更に1cmほど針を進め、約15cm (11〜19cm) 針を刺し入れた状態で薬液を注入する。

 

(3) 骨間仙腸靭帯の局所麻酔に用いる麻酔液の量
麻酔液が仙腸関節の尾側縁より尾側に浸潤してしまうと、前殿神経、坐骨神経、第一仙骨神経が麻痺することで運動失調や固有受容感覚の消失が生じる可能性がある。これらの神経が麻痺しても起立を持続できるが、後肢の荷重が不安定になり、それによってパニックに陥る馬もいる。したがって、安全性を上げるためには、麻酔効果の持続時間が比較的短いリドカインを用いるとともに、麻酔液の広範な浸潤を防ぐために麻酔液量を極力減らす必要がある。

 

仙腸関節外への麻酔液の浸潤を防ぐためには、麻酔液の総注入量を8mL以下に制限することが推奨されており、内頭側アプローチ法(B)によりメチレンブルー8mLを注入したところ、仙腸関節外への浸潤はL5からS1のみに認められたと報告されている。以上より、5mL程度の少量の麻酔液を浸潤させ、多少の歩様改善が認められる場合に診断麻酔結果陽性と判定すると良いと言われている。

 

<参考資料>
E. Engeli and K. K. Haussler (2012) Review Article : Review of injection techniques targeting the sacroiliac region in horses. Equine Vet. Educ. 24, 529-541