なぜクッシング症候群(PPID)に罹患している馬は蹄葉炎を発症しやすいの?

クッシング症候群とは
犬では脳下垂体(脳の一部)または副腎が腫瘍化することで、コルチコステロイドホルモンの分泌が過剰になることがわかっているが、馬の場合は腫瘍ではなく脳下垂体中葉の肥大・過形成が原因であるため、正式にはクッシング症候群ではなくPPID(pituitary pars intermedia dysfunction)と呼ばれる。PPID罹患馬では必ずしも副腎皮質の肥大が確認される訳ではなく、また、コルチコステロイドホルモンの分泌量が必ずしも多いわけではない。

 

なぜ下垂体中葉が肥大するの?
下垂体中葉は脳内で神経伝達物質(神経を神経の情報のやり取りを仲介する物質)として機能するドパミンによって常に抑制されているが、加齢とともにドパミンが減少するために、脳下垂体が肥大してしまうと考えられている。したがって、PPIDは15才以上の馬に多い(7才ごろから発症すると言われている)。高齢馬はPPIDを発症しやすい<獣医師向け>

 

PPID罹患馬が蹄葉炎を発症しやすいのはなぜ?
コルチゾルの分泌量が増加するためにインスリン抵抗性が上がることが蹄葉炎の発症に結びつくのだろうと考えられてきた。

 

コルチコステロイドホルモンの一種であるコルチゾルは、ストレスにより分泌量が増えるためストレスホルモンとも呼ばれ、様々なストレス反応を引き起こす。ストレスによって免疫力が下がるのはこのホルモンのはたらきによるものが多く、炎症反応を抑えることで、細菌などへの体の抵抗力を下げてしまう。人工的に合成されたものは俗にステロイドと呼ばれ、炎症を抑える薬として使われている。

 

コルチゾルはインスリンの作用を強力に阻害するため、PPIDに罹患することによってインスリンが効きづらくなる(インスリン抵抗性が増大する)。インスリンとは細胞がグルコースを取り込むように働きかけるホルモンで、膵臓から分泌される。食後にインスリンの分泌量が増えると、細胞がグルコースを取り込むため、血糖値が下がる。しかし、インスリン抵抗性が上がると、インスリンがうまくはたらかなくなるため、血糖値が下がらなくなってしまう。すると、体は血糖値を下げようとして膵臓にはたらきかけるため、膵臓から多量のインスリンが分泌されるようになる。この結果、血液中のグルコース濃度、インスリン濃度がともに高値となる。血液中のインスリン濃度が上がることが、蹄葉炎の直接的な原因であると考えられている。(インスリン抵抗性の増大が蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>)

 

しかし、PPID罹患馬の中には血中コルチゾル濃度が正常である馬が散見されること、副腎皮質の過形成が認められるのはPPID罹患馬の20%に過ぎないことから、PPIDの臨床徴候は血中コルチゾル濃度上昇以外に起因する部分が多いと考えられており、PPIDが蹄葉炎の発症に結びつくメカニズムもあまりよくわかっていない。

 

PPIDの臨床徴候は下垂体中葉の肥大に起因して発現する。下垂体中葉の肥大は、酸化ダメージによりドパミン作動性神経が変性することでメラニン細胞刺激ホルモン産生細胞が増殖することで生じ、メラニン細胞刺激ホルモン産生細胞は、ACTHなど多様なホルモンの前駆体であるプロオピオメラノコルチン(POMC)を合成する。したがって、下垂体中葉の肥大によりPOMCの合成が増加すると、ACTHや他のPOMC由来ホルモンの分泌量が増加する。このように、PPIDはクッシング症候群とは異なり、POMC由来ホルモン(メラノコルチンと称される)の分泌量が複合的に増加する。分泌されるメラノコルチンの種類は個体差が大きいだけでなく季節性があり、これがPPIDの徴候に著しい個体差や季節性が認められることの主要因であると考えられている。

 

ちなみに、正常状態ではACTHの大半は下垂体前葉から分泌されており、下垂体中葉のACTH分泌量は少ない。POMC由来のACTHは免疫学的には活性がある(ACTHの血中濃度は高値を呈す)が、生物学的な作用をもたない場合もあるために血液中コルチゾル濃度が正常値を呈すことがあると考えられている。これが、PPID罹患馬の中には血中コルチゾル濃度が正常だったり、インスリン抵抗性の増大が認められなかったりする馬がいる原因なのかもしれない。

 

<参考資料>
1. Equine Medicine 7 p.569-590
2. Equine Internal Medicine p.1262- 1270