繁殖牝馬の蹄葉炎

専門書Equine Laminitisでは、蹄葉炎を原因別に以下の3種に分類している。
(1) 敗血症性蹄葉炎
(2) 負重性蹄葉炎
(3) 内分泌性蹄葉炎

 

盗食などにより濃厚飼料を一度に過剰量摂取したあとに発症する食餌性蹄葉炎は、腸内細菌叢のかく乱により生じる大量の細菌由来毒素が蹄葉炎の引き金となることから、(1) 敗血症性蹄葉炎に分類されている。
敗血症性蹄葉炎は、体重1kgあたり17.6gのデンプンを経鼻カテーテルにて投与することで実験的に作り出すことができる。デンプンを投与した12〜18時間後には馬房内での頻繁な踏みかえや、速歩での跛行が認められ、投与24〜48時間後に Obel grade3の蹄葉炎を発症する。体温の上昇も認められ、投与12〜22時間後に穏やかな上昇が認められ始め、投与30〜40時間後にピークに達する。ポニーでは最大30%が重篤な敗血症性ショックを呈すため、実験モデルとしては用いられない。

 

チコリの根から抽出されたフラクタン5〜12.5g/kg を経鼻カテーテルにて投与することで蹄葉炎を実験的に作り出すことができるため、青草の生えた放牧地に放牧されている馬が発症する蹄葉炎はフラクタンを原因とした食餌性蹄葉炎と思いたくなるが、放牧により発症する蹄葉炎は (3) 内分泌性蹄葉炎と考えられる。ちなみに、フラクタン5/kg を投与すると、24〜36時間後に蹄葉炎を発症するが、インスリン分泌の異常は認められない。

 

放牧により発症する蹄葉炎は内分泌性蹄葉炎
放牧により発症する蹄葉炎は内分泌性蹄葉炎であると考えられる理由として、以下の4点が挙げられている。
@ フラクタンを実験的に投与した後に認められる消化器症状は、放牧により蹄葉炎を発症する馬では認められないような重篤なものである。
A 温暖地域の青草に含まれるフラクタンは実験モデルで使用されているフラクタンとは大きく異なる。
B 放牧地で自由に草をはむ馬が、蹄葉炎を起こすほど多量なフラクタンを短時間で摂取するとは考えにくい。
C 放牧により発症する蹄葉炎はふつう、症状の発現が穏やかで、蹄骨の変位も顕著でない。これは、敗血症性蹄葉炎および負重性蹄葉炎と比べて葉状層が安定しており、痛みの程度が弱いという内分泌性蹄葉炎の特徴と一致する。

 

ただし、ポニーでは、蹄葉炎を起こす量のフラクタンを6時間程度で摂取することもあると報告されている。250kgのポニーをフラクタン含有量 27.5% の青草の生えている放牧地に放牧すると、4.5kgの青草(乾燥重量で体重の1.8%)を摂取すれば、実験的に蹄葉炎を誘発できる量に相当するフラクタンを摂取することになるそうだ。ポニーでは3時間の放牧で1日に必要な量の41%ものエネルギーを摂取することがある、と報告されていることからも、放牧地の青草だけでもエネルギー過剰になりやすいことがよくわかる。

 

内分泌性蹄葉炎の痛みは葉状層そのものではなく蹄骨尖による蹄底の圧迫に由来すると言われている。間欠的に挫跖のような痛みを呈すが、数日で痛みが和らぐために放置されやすく、インスリン抵抗性の悪化とともに蹄骨の変位が緩慢に進行してしまう。インスリン抵抗性を悪化させる要因が作用することで、短時間で顕著な蹄骨の変位を伴う蹄葉炎を発症する可能性もある。インスリン抵抗性が蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>

 

インスリン抵抗性を悪化させる要因として、ストレス、長期にわたる高エネルギー食の多給、コルチコステロイドの投与、ストレス、妊娠が挙げられる。コルチコステロイドが蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>

 

 

妊娠はインスリン抵抗性を悪化させる
妊娠がインスリン抵抗性を悪化させることはヒトではよく知られており、生理学的な変化だと考えられている。これは繁殖牝馬でも確認されており、グルコースを静脈内投与したあと、妊娠28週の馬では妊娠していない馬と比べてインスリンが多く分泌された、と報告されている。また、妊娠馬では、通常の給餌後にも高血糖・高インスリン血症の持続が認められた。
蹄葉炎が疑われる繁殖牝馬では、インスリン抵抗性を評価し、インスリン抵抗性を考慮した飼養管理を行うことで妊娠期間中の蹄葉炎の悪化を防ぐことができるかもしれない。

 

放牧により発症する蹄葉炎の原因はインスリン抵抗性だけなのだろうか?
放牧により発症する蹄葉炎のリスク因子として、インスリン抵抗性だけでなく、PPID、肥満、飼料、腸内細菌、遺伝が挙げられている。実際の蹄葉炎は、インスリン抵抗性を悪化させる因子だけでなく、蹄葉炎を発症させるインスリン濃度の閾値を下げる因子や、その他未だによく解明されていないメカニズムが複合的に作用することで発症に至るのではないかと言われていれる。ただし、インスリン抵抗性は蹄葉炎の発症リスクを上げる鍵となる因子であり、さらに、その発症リスクを下げることができると言われている因子でもある。

 

なぜ肥満が蹄葉炎を引き起こすのだろう?
肥満と蹄葉炎との関連性は完全には解明されていないものの、インスリン抵抗性は重要な役割を担うと考えられている。
ただし、馬メタボリック症候群の診断基準には以下のようにバリエーションがあり、必ずしも馬メタボリック症候群の馬ではインスリン抵抗性が認められるとは言えないのかもしれない。
(1) 以下の3つの基準を満たすもの:@ 全身性および局所性の脂肪の増加が認められる、A インスリン抵抗性が認められる、B 敗血症など蹄葉炎を発症させる他のリスク因子がなくても蹄葉炎を発症する
(2) 以下の4つの基準のうち3つを満たすもの:@ BCS≧7,A CNS (たてがみの付け根の脂肪蓄積をスコア化したもの:Cresty Neck Score)≧4,B 絶食時インスリン濃度>32mU/L, C 絶食時レプチン濃度>7.3ng/ml
(3) 以下の4つの基準のうち3つを満たすもの:@ BSC≧7および頸と尾の付け根に局所的な脂肪の蓄積が認められる, A 絶食時トリグリセリド濃度>57mg/dl, B >5.6mU insulin^2/[10・l・mg glucose], C Reverse inverse square of insulin <0.32 [mU/l]^-0.5

 

肥満と蹄葉炎を結びつけるインスリン抵抗性以外の因子として、肥満がもたらす全身性の炎症反応が挙げられている。脂肪組織が炎症性メディエーターを分泌することはよく知られており、局所性だけでなく、全身性に作用する可能性がある。脂肪組織から分泌される炎症性メディエーターとしてレプチン、アディポネクチン、TNFα、IL-1β、IL-6、MCP-1(monocyte chemoattractant protein 1) が挙げられ、また、遊離脂肪酸はインスリン抵抗性に関与するだけでなく、TLRs (toll-like receptors) を介して炎症反応を促進する。しかし、肥満馬においてTNFαとIL-1βのmRNA濃度の上昇が認められたという報告がある一方で、BCS との関連性が認められたのは SAA のみで、TNF, IL-1β, IL-6 と BCS の関連性は認められなかったという報告もある。内分泌性蹄葉炎の葉状層における炎症反応の役割はよくわかっていないが、肥満馬は炎症性マーカーにより炎症を増幅しやすいため、敗血症性蹄葉炎を引き起こしやすいと考えられている。

 

いずれにしろ、単なる体重増加が蹄葉炎を引き起こす訳ではない。肥満馬では代謝異常や内分泌異常が蹄葉炎の発症に結びついていると考えられ、そのメカニズムの解明が待たれる。

 

肥満と蹄葉炎の関連性は古くからよく知られており、そのメカニズムが完全に解明されていないことから、肥満馬が顕著なインスリン抵抗性を呈していなかったとしても、飼料の改善や運動による体重減少を行わなくてよい、とは言えないだろう。
肥満馬においてインスリン抵抗性を評価する意義はある。インスリン抵抗性が重度な場合、飼料の改善と運動とともに薬物療法を取り入れることで蹄葉炎による痛みを緩和することができると言われている。また、飼養管理の改善前後でインスリン抵抗性を評価すれば、その改善が効果的なものかどうか調べることができる。インスリン抵抗性の評価は、内分泌性蹄葉炎の発症や悪化を予防するために、今後どのように馬を管理していけばよいか考える上で参考になるだろう。

 

痩せている馬はインスリン抵抗性を示す可能性が低いという訳ではない
たてがみの付け根の脂肪蓄積量を外貌からスコア化した CNS (Cresty Neck Score)   は、インスリン抵抗性と相関性があると報告されている。肥満の馬はインスリン抵抗性を示すことが多い。しかし、痩せている馬はインスリン抵抗性を視野に入れなくてよいという訳ではない。すべての肥満馬がインスリン抵抗性を示す訳ではなく、また、痩せている馬が重度なインスリン抵抗性を示す場合もあることがわかっている。実際に、サラブレッドの繁殖牝馬のインスリン抵抗性を調べたところ、BCSとの相関性がなかったと報告されている。

 

蹄葉炎を発症しやすい品種(モルガン、パソフィノ、アメリカンサドルブレッドなど)では特に、痩せていても重度なインスリン抵抗性を示すことが多いとされる。サラブレッドやクォーターホースは重度なインスリン抵抗性に陥りにくい品種とされているものの、出産後のサラブレッド繁殖牝馬にデンプン含有量の多い餌を与えると、繊維と脂肪含有量の高い餌を与えた場合と比べてインスリン抵抗性を示しやすいと報告されており、サラブレッドではインスリン抵抗性を心配する必要はない、という訳ではない。サラブレッド去勢馬に穀類の多い餌を8週間与え続けたところ、インスリン抵抗性の上昇が認められたとの報告もある。また、興味深いことに、妊娠期後期(lasttrimester)の繁殖牝馬にデンプン含有量の多い食餌を与えることで80日齢と160日齢の仔馬でインスリン抵抗性が認められたという報告もある。インスリン抵抗性の増大は、OCDと関連するとも報告されている。

 

インスリン抵抗性を呈す馬は、BCS が改善されてもインスリン抵抗性が改善されない場合があることは、考慮に入れる必要があるだろう。ただし、ヒトでも、非常に太っているのに代謝異常が認められなかったり、太っていないのに明らかな代謝異常が認められたりすることがよく知られており、healthy obesity、metabolicaly obese などと呼称されている。アメリカでは、外貌上明らかに肥満な人の32%で代謝異常が認められず、一方でBMIが正常な人の23%が代謝異常を呈すそうだ。

 

内分泌性蹄葉炎が疑われる場合には、BCSに問題がなくてもインスリン抵抗性を評価すると良いと思われる。
ちなみに、若馬では内分泌性蹄葉炎を発症しやすいことが知られているが、馬メタボリック症候群は5〜8才ごろから認められる場合が多いそうだ。特に運動負荷が大きくない馬では、5才ごろからインスリン抵抗性を考慮に入れると良いのかもしれない。
インスリン抵抗性が認められているものの、痩せている馬への給餌

 

インスリン抵抗性と繁殖機能との関連性
ヒトでは、インスリン抵抗性と繁殖機能不全に関連性があることが知られている。繁殖牝馬でも、インスリン抵抗性は黄体期、排卵サイクルの延長をもたらすと報告されている。
ある文献では、夏の終わりから秋にかけてBCS>7の繁殖牝馬を自由摂食させる群と給餌制限を行う群に分けて、繁殖期にどのような違いが表れるか調べた。繁殖制限を行っても繁殖期初期に発情を示さない馬の割合は変わらない一方で、肥満状態になった馬では発情周期が延長した。肥満状態の馬ではインスリンおよびレプチンの血中濃度の上昇、インスリン抵抗性の上昇が認められた。この文献は、メトフォルミン 3g/day を30日間投与することでインスリン抵抗性の改善は認められたが、発情周期の改善は認められなかったと報告している。繁殖期に入る前の秋にインスリン抵抗性の改善を視野に入れた管理を行うと良いのかもしれない。
他の文献では、インスリン抵抗性により発情周期が延長し、プロジェステロンの最大濃度の上昇が認められたと報告している。7頭の牝馬にヘパリン添加脂質溶液を静脈内投与することでインスリン抵抗性を誘発しているが、投与直後だけでなく1週間後もインスリン抵抗性が認められた牝馬もいた。
BCSにより発情周期がどう変わるか検討したところ痩せている馬の方が発情周期が延長したと報告している文献もある。しかし、この文献ではBCS 7.5-8.5 と BCS 3.0-3.5 の馬を比較しており、BCS 3.0-3.5 は現実的ではないと思われる。また、インスリン抵抗性については評価されていない。

 

インスリン抵抗性を改善するための繁殖牝馬の飼養管理
インスリン抵抗性を改善する飼養管理方法として、いくつかの方法が提唱されている。

 

● 蹄葉炎による疼痛が表れているときには、放牧を中止する。
● デンプン含有量の多い食餌を控える。エネルギーを足したい場合には、糖蜜の添加されていないビートパルプペレットを与えることで、比較的安全に摂取エネルギーを増やすことができる。燕麦の代わりに植物油の添加量を徐々に増やす方法もあるが、エネルギー過剰になりやすいので、体重1kg あたり 1ml 以上の油を添加したい場合には獣医師に相談する。植物油の添加量を徐々に増やす目安として、最初は1/4カップを1日1回添加し、必要な場合には7〜10日間かけて徐々に1/2〜1カップまで増やす方法が推奨されている。1カップは約225ml で、これは1.7Mcal に相当する。また、油1ml に対して1-2IU のビタミンEを添加することが望ましいと言われている。
● 飼料に含まれる糖の許容量は、個々の馬による。正常な馬ではデンプン含有量 <1.1g/kg BW では血糖値および血中インスリン濃度が上がりにくいと報告されているが、インスリン抵抗性を示す馬ではその限りでない。ある飼料がその馬の許容範囲内であるかどうかを知るためには、給餌後に血糖値およびインスリン濃度を測定する必要がある。
● 食後のインスリン濃度の上昇を穏やかにするために、1日分の給餌量を複数回に分けて給餌する。
● 放牧地を適切に管理する。伸びて硬くなった草はより多くのフラクタンを蓄積しているため、定期的に肥料散布とともに刈り取りも行う。インスリン抵抗性が認められる馬を新たな放牧地に放牧する場合には、刈り取りを行ったあとすぐに放牧せず、数日間は間を空けることが望ましい。
● 多頭数の放牧により青草が食べつくされているような放牧地ではクローバーが優勢になりやすい。クローバーはデンプン含有量が多いことが知られているが、タンポポなど他の雑草もフラクタン含有量が多い場合がある。日本でよく見られるイネ科の雑草 Bromus 種は特に NSC (非構造性炭水化物) の含有量が多く、400g/kg DM (乾燥重量) 以上に達することもあると報告されている。重度なインスリン抵抗性が認められる馬は、状態の良い放牧地を選んで放牧すると良いと考えられる。
● 放牧地の青草に含まれる NSC (非構造性炭水化物) の含有量は、牧草の種類や季節によって大きく変わるだけでなく、日内変動も大きい。放牧地に生えているペレニアルライグラスの水溶性炭水化物 (WSC:water soluble carbohydrate) 含有量の日内変動は、春のよく晴れた日では5am 250g/kg、1-3pm 310g/kg, 11pm 180g/kg、10月の霧雨の降っている曇った日では、同じ牧草地で6am/1pm/8pm 150g/kg, 2am 120g/kg だったと報告されている。血中インスリン濃度は放牧地の青草の NSC 含有量に大きく影響されることが知られており、顕著なインスリン抵抗性を示す馬では、放牧時間を夜または早朝から9〜10時ごろまでに制限すると良いと言われている。
● 日照量が多く、長期間にわたり雨のない日が続くと、青草の生長が遅くなる代わりに多くのフラクタンが蓄積する。寒い日や雨のない日が続いたあと、急に温かくなった日はフラクタンを多量摂取するリスクが高いと言われており、インスリン抵抗性が認められるに馬は短期的に口かごを装着すると良いかもしれない。
● PPIDに罹患していない馬では、内分泌性蹄葉炎の悪化は青草のフラクタン含有量の増加を反映して、晩春〜夏の始めに多く認められる。しかし、すでに内分泌性蹄葉炎に罹患しているポニーでデンプン経口投与後のインスリン濃度の変化を調べたところ、5〜6月よりも10〜11月の方がインスリン濃度が大きく上昇した。PPIDに罹患していない場合でも下垂体中間葉の分泌機能は秋ごろに上昇することや、雑草によっては秋に糖分をを蓄えやすいことを考慮し、春〜夏だけでなく秋も蹄葉炎の症状が悪化していないか注意して観察する必要がある。ちなみに、ある報告では、放牧地の牧草のフラクタン含有量はチモシーとペレニアルライグラスでは5月初旬、レッドフェスクでは6月初旬に最大値を呈したと報告されている。

 

<参考資料>
1. Equine Laminitis p.54-63, 150-154, 196-200, 436-441
2. M.M.Vick et al. Obesity is associated with altered metabolic and reproductive activitiy in the mare: effects of metformin on insulin sensitivity and reproductive cyclicity, Reprod. Fertil. Dev. (2006) 18, 609-617
3. Sessions. D.R. et al. Development of a model for inducing transient insulin resistance in the mare: preliminary implications regarding the estrous cycle. J. Anim. Sci. (2004) 82. 2321-2328
4. Gentry. L. R. et al. The relationship between body condition, leptin, and reproductive and hormonal characteristics of mares during the seasonal anovulatory period. J. Anim. Sci. (2002) 80, 2695-2703
5. Equine Applied and Clinical Nutrition p.324, 469-486