大西洋に面した島に生きる野生馬たちの蹄の観察(アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル記事の紹介)

※ アメリカン・ファーリアーズ・ジャーナル特集号(アサティーグ島の馬たち−ある装蹄師の考察)に掲載された記事の概要をご紹介します。

 

アサティーグ島は、メリーランド州とヴァージニア州の東海岸に沿って大西洋に37マイル(59km)にわたって細長く伸びた島で、面積は48000エーカー(194km2)である。250頭以上の野生馬が生息しており、海岸や松林、砂地を行き来している。

 

アサティーグ島の特殊な環境は、海岸に面しているということだけではない。メリーランド州の南部とヴァージニア州の北部にまたがった細長い島であるため、様々な環境が見られるのだ。そして、州境はフェンスで区切られている。

 

アサティーグ島がアメリカに属した1965年、メリーランド州側の地帯に馬は28頭しかいなかった。しかし現在、80〜100頭の馬が生息し、野生馬として管理されている。現在、島には1943年に国営保護区が設けられ、300種類以上の野鳥や渡り鳥の生息地・休養地となっている。メリーランド州側では国営公園が野生馬を管理しているのに対し、ヴァージニア州側では現在もボランティア消防団が野生馬を所有し、管理している。 

 

なぜこの島に馬が生息しているのか、ということについては、2つの仮説がある。1つ目は植民地の住人が1670年代にイギリスの家畜税を減らすために冬期に馬を放した、という説、2つ目は1750年に馬を積んだスペイン大型船が沖合で沈没した、という説である。いずれにしろ、400年以上かけて、馬たちはこの風の強い島の焼けるような夏の暑さ、大群の虫、嵐の多い気候、質の悪い餌に耐えられるほど強くなった。

 

メリーランド州側では、生息地帯を3つに大別できる。彼らはこの3つの地帯を行き来しながら、夏や冬を乗り切っている。
@ 南部の砂地帯:最南端のヴァージニア州との州境付近は未開発地帯であり、海岸や砂地、松林地帯である。
A 中部の開発地帯:この地帯の馬は、アスファルトの道路や駐車場、舗装されたキャンプ場を通り、砂地や海岸、沼地を行き来している。
B 北部の湿地帯:未開発の砂地や沼地である。幅がたった200〜300ヤード (180〜270m) しかない細長い地帯で、両岸は自然の海岸線である。
上記のようにアサティーグ島の馬の生息環境は、主に砂地 (乾燥地帯あるいは湿地帯)、沼地、松の葉が堆積した松林地帯である。例外は中部の開発地帯で、馬たちはアスファルトの上を歩かなくてはならない。中部の開発地帯に生息する馬たちは主に湿った砂地に生息しているが、夏の間は、暑さと湿気、そして虫から解放されるために海岸地帯や開発地帯へと移動する。開発地帯は、舗装や草刈りにより虫が少ないからだ。
捕食動物は生息しないものの、交通事故により命を落とす馬は少なからず存在する。多くは自然に死に至るが、衰弱している馬が発見された場合、人の手により安楽殺されることもある。

 

3つの生息環境に生息する馬の蹄の特徴
この冊子では、2006年から2014年の間に集めた自然死あるいは事故死した野生馬の蹄のうち、12例について写真とともにその特徴が紹介されている。以下に生息環境ごとに蹄の特徴の概要を記す。

 

@ 南部の砂地帯:海岸、砂地、松林地帯
 ● 蹄底が薄い
 ● ロング・トー・アンダーラン・ヒール
 ● コラプス・ヒール
 ● 顕著な蹄のゆがみ
A 中部の開発地帯:舗装道路、砂地、海岸、沼地
 ● 蹄底が薄い
 ● 蹄踵が低いものの蹄の変形はそれほど大きくない
 ● 顕著な裂蹄が見られる場合がある
B 北部の湿地帯:両岸が海岸線である細長い砂地、沼地
 ● ロング・トー
 ● 蹄踵が高い
 ● 蹄壁が厚い

 

環境への適応
野生馬の蹄については、長年議論されてきた。装蹄師は「野生馬は蹄鉄を履いていないのに、なぜ私の馬には蹄鉄が必要なのですか?」とよく聞かれる。
アサティーグ島に生息している馬の蹄を調査したところ、多くの蹄に伸びすぎによるフレアが見られた。湿った砂地に生息しているため蹄が摩耗せず、伸びすぎた結果、大きく欠けてしまうことが多い。蹄が摩耗するような地面の上で運動させる必要があるならば、蹄鉄が必要だろう。

 

肢勢異常への懸念
装蹄師は「なぜ肢勢が重要なのですか?」と聞かれることも多い。確かに、多くの馬は生まれながらに中程度〜重度の肢勢異常だが、生き残ることはできる。しかし野生馬では、肢勢異常に起因する骨のリモデリングが見られる。もし肢勢異常の馬が硬い地面の上でトレーニングされたら、跛行につながる問題が生じるだろう。肢勢異常の馬は、蹄鉄なしには、適切に荷重を分散させることはできない。実際に、この研究で観察した野生馬の蹄のほとんどは、剰縁の広い蹄鉄が必要だろうと思われた。これは元の蹄形とは異なる形の蹄鉄を装着させる必要がある、ということだ。
また、蹄の伸びすぎによる関節面の不整により、いかに蹄の変形がもたらされるか、ということも、この観察を通して実感できる。

 

野生馬の蹄を観察して
アサティーグ島の馬たちは、どの環境に生息する馬も肢勢異常が重度でなければ蹄質が良好だった。蹄壁が厚く頑丈で蹄叉が健康でも、フレアを伴う平蹄になっているのは肢勢異常がある馬だ。
様々な野生馬の蹄を観察する前、多くの人々は、野生馬の蹄といえば西海岸の乾燥地帯に生息する野生馬の蹄を思い浮かべた。文献によれば、乾燥地帯の野生馬は蹄尖に上弯 (「ムスタング・ロール」と呼ばれる) があり、かつ蹄側がえぐれた形をしている。しかし、アサティーグ島の馬では、そのような形態はほとんど見られなかった。このことから、肢勢、湿度、地形が野生馬の蹄の形を決める主な要因である、と言える。
粗食に耐える馬でありながら食料が豊富にある地域に生息しているため、蹄葉炎が多く見られると予想していたが、蹄葉炎は予想よりは少なかった。自然淘汰によって選抜されてきたのだろう。一方で、予想していたよりも頑丈な蹄質でありながら、歪みは大きかった。