投薬によるナビキュラー症候群の管理法<獣医師向け>

ナビキュラー症候群を完治させることのできる治療薬は現在のところ知られていないが、跛行の程度を改善する目的で投与される薬剤は存在する。ただし、適切に投薬したとしても、装蹄による管理が不十分であれば跛行の改善は見込めない。

 

@ 蹄関節内やトウ嚢内への投薬 (intrasynovial medication)
ナビキュラー症候群の原因はMRI等を利用しない限りほとんど特定できないものの、蹄関節内やトウ嚢内への投薬はよく行われる。また、深屈腱腱鞘内への投薬が有効である場合もある。
投与する薬剤は変形性関節症の際に関節内に投与する薬剤と類似し、コルチコステロイド単体、コルチコステロイドとHA(ヒアルロン酸)、多硫酸グリコサミノグリカン(PSGAGs:polysulfated glycosaminoglycans)などである。
蹄関節内に投薬することで、蹄関節内の炎症反応を抑制するだけでなく、トウ嚢内の炎症反応も抑制できるとされる。ただし、薬剤を直接トウ嚢内へ投与した場合のような顕著な効果が観察されないこともある。
滑膜内に投与するコルチコステロイドとして、トリアムシノロン(5-10mg)、メチルプレドニゾロン(20-60mg)が挙げられるが、メチルプレドニゾロンは一般的に蹄関節内ではなくトウ嚢内への投与に用いられる。多くの場合コルチコステロイドとヒアルロン酸を合わせて投与するが、トウ嚢内へ投与する場合は、アミカシンも併せて投与する。
ある報告では、投与後2週間以内に80%の馬で跛行の改善が認められ、その後4〜5ヶ月間は運動が可能だった。滑膜内投与により数ヶ月間にわたって臨床徴候を緩和することができるものの、滑膜内投与を繰り返すことによって深屈腱を損傷する場合もあるので注意する。

 

A イソクスプリン (Isoxsuprine)
イソクスプリン塩酸塩はナビキュラー症候群の治療薬としてよく用いられる。β-アドレナリン作動薬であり、血管拡張作用があると考えられている。ナビキュラー症候群の治療効果は証明されておらず、推奨投与量を1日2回経口投与した場合の心臓血管作用は確認されていないものの、臨床実験においては、イソクスプリンを投与した馬では偽薬を投与した馬と比べて顕著に跛行が改善したと報告されている。この臨床実験における投与方法は、以下の通りだった。
(1) 0.66mg/kg, PO, 1日2回を3週間
(2) 0.66mg/kg, PO, 1日1回を2週間
(3) 0.66mg/kg, PO, 2日に1回を連続

 

より高用量(1.2mg/kg)が投与される場合もあるが、高用量投与した場合の有効性についての報告はない。イソクスプリンの投与により跛行改善が認められる場合は1年以内に効果が確認できる。適切な装蹄療法が施されている場合、イソクスプリンの投与を中止した後、最長で1年間は臨床徴候の改善が認められる場合もある。
イソクスプリンの副作用は確認されていないため、連続投与することもできるが、妊娠馬における安全性は確認されていない。
一般的に、跛行が重度でない初期ステージにおいては有効性が高いが、レントゲン検査により確認されるトウ骨の異常が重度な場合には効果を実感しにくい。

 

B 多硫酸グリコサミノグリカン (PSGAGs:polysulfated glycosaminoglycans)
ナビキュラー症候群の原因が変形性関節症と同様に滑膜炎である場合もある、という推測のもと、多硫酸グリコサミノグリカンが使用されてきた。二重盲検法による臨床実験により、4週の間隔をあけて8回、500mgを筋肉内投与した場合に有効性が認められたと報告されているが、科学的根拠は乏しい。蹄関節内やトウ嚢内へ投与される場合もあるが、その有効性は証明されていない。

 

ハイオネート、アデカン、ペントサン<獣医師向け>

 

C チルドロネート(Tiludronate):商品名Tildren
チルドロネートなどのビスホスホネート製剤(bisphosphonates)は、骨吸収を抑制する作用をもつため、トウ骨に損傷がある場合は、顕著に骨吸収が抑制される。ある報告では、73頭の馬に1日1回のチルドロネート0.1mg/kg静脈内投与を10日間続けると、跛行の程度が改善し、2-6ヶ月後にナビキュラー症候群罹患前のパフォーマンスレベルに戻った。最大効果は投与2ヶ月後に得られる。

 

推奨投与法は、以下の通りである。
(1) 1mg/kgを30分以上かけて静脈内投与
(2) 0.1mg/kg, 1日1回の静脈内投与を10日間

 

 

投与後に疝痛徴候を呈す馬がいる(発生率30-45%という報告もあるが、数%という報告もある)ため、投与後4時間は馬の様子を観察することが望ましい。疝痛徴候は一時的な場合もあるが、90分程度持続する場合もある。疝痛徴候に対して投薬が必要となる場合には、腎毒性のリスクを考慮して、NSAIDsの投与は避ける。チルドロネート投与後48時間以内にNSAIDsを投与し、急性腎不全を発症した例が報告されている。チルドロネートには腎毒性が認められるため、投与前に十分に飲水させる。

 

4才未満の馬における安全性は確認されていない。また、実験動物において、高容量投与もしくは連続投与によって骨が脆弱になることが確かめられている。ヒト医療においては、ビスホスホネート製剤の副作用として、大腿骨の否定形骨折、顎骨壊死が良く知られている。これは、骨吸収を抑制することで骨代謝が低下し、結果的に微細骨折が修復されにくくなるためだと考えられる。また、投与後に低カルシウム血症を呈すため、心臓病罹患馬ではリスクが高い点にも注意する必要がある。

 

D クロドロネート(Clodronate):商品名Osphos
ビスホスホネート製剤の一種であり、1.8mg/kg(最大投与量900mg/頭) を筋肉内投与する。
投与後に跛行の程度が改善したものの、跛行が再発した場合は、3-6ヶ月の間隔をあけて再投与する。
副作用として、投与してから2時間以内に不快感・緊張感、痙攣、前がき、疝痛徴候が認められる場合があるものの、その大半は10-15分間の曳き運動により改善する。チルドロネートと同様にNSAIDsとの併用により血中BUN濃度の上昇が観察されるため、NSAIDsとの併用は避ける。

 

ビスホスホネート製剤の世代

 

ビスホスホネート製剤は、窒素を含まない第1世代と窒素を含む第2・3世代で作用機序が異なる。Osphosは第1世代、Tildrenは第3世代である。
第1世代…細胞内で代謝され、ATP末端のピロリン酸構造を置き換えることでATPを競合阻害する。これにより、破骨細胞がアポトーシスに陥る。
第3世代…破骨細胞内タンパク質の輸送経路を遮断する。
ヒト医療では、第1世代は第2・3世代に認められるような消化管障害が認められないことが知られている。一般的に第1世代よりも第2・3世代の方が骨吸収抑制効果が高い傾向があるが、OsphosとTildrenの骨吸収抑制効果はあまり変わらないとされる。

 

<参考資料>
1. Lameness in Horses p.475-491
2. Equine Medicine 7 p.856-861
3. Dechraホームページ
4. cevaホームページ