蹄葉炎とはどのような病気?原因は?

蹄葉炎とは
蹄葉炎とは、葉状層の損傷により蹄内部に吊るされていた蹄骨が剥がれ落ちてしまう病気である。蹄葉炎と呼ばれるが、葉状層に炎症が認められるもの全てを指す訳ではなく、葉状層の剥離性損傷が認められる場合にのみ蹄葉炎と診断される(急性期、病態形成期にも顕微鏡で葉状組織を観察すると蹄葉炎特有の異常が認められる)。

 

原因
蹄葉炎の原因は非常に多様であり、発症メカニズムは未だに完全には解明されていないが、原因によって以下のように呼称されている。

 

@ 食餌性蹄葉炎
一度に多量の濃厚飼料を給餌することで発症する蹄葉炎を指す。馬は小腸でデンプンを消化する能力が低く、一度に多量の濃厚飼料を摂食すると、本来は小腸で消化されるはずのデンプンが消化しきれずに大腸に流入してしまう。大腸に流入したデンプンは腸内細菌によって分解されるが、その結果、腸内環境が変わるため、腸内細菌叢が大きく変化してしまう。このとき死んだ細菌の一部が毒素となり、腸内から吸収されて血管内に入ることで、全身に炎症反応を起こしてしまう。炎症反応は、もともと細菌などの異物に対抗するためのものだが、体の組織も少なからず損傷する。全身に炎症反応が起これば最終的に全身の臓器が機能しなくなってしまうが、蹄内は低酸素環境であるため炎症反応が増幅しやすく、他の臓器が機能しなくなってしまう前に蹄葉炎を発症する。
消化不良が起こるほど大量に炭水化物を与えなくても、いつも多すぎる量の炭水化物を与えていればインスリンが効きづらくなり、血液中インスリン濃度が高い状態が長時間続くことで蹄葉炎を発症しやすい。この場合は内分泌性蹄葉炎と呼ばれる。
なぜ濃厚飼料を多給すると蹄葉炎を発症しやすいの?

 

A 敗血症性蹄葉炎
感染症が制御できなくなると、病原菌だけでなく炎症を起こす物質が血液を介して体中を巡ることになる。これが原因となって葉状層が傷害され、蹄葉炎に至るものを敗血症性蹄葉炎という。敗血症性蹄葉炎の例として産後の子宮炎に続発する蹄葉炎(特に産褥性蹄葉炎と呼ばれる)、腸炎や胸膜肺炎に続発する蹄葉炎などが挙げられる。
敗血症性蹄葉炎が危惧される場合には、現時点で蹄に熱感が無くても、冷却療法を行うことで発症を予防できる可能性がある。また、同時に、敷料に気を配る必要がある。大量の砂を敷くことが望ましいが、難しい場合は大量のオガ、土などを敷いても良い。蹄底に敷料が詰まるような状態にしておくことで葉状層を引き剥がす力が小さくなるため、葉状層のダメージを小さくすることができる。
敗血症性蹄葉炎の予防法<獣医師向け>

 

B 内分泌性蹄葉炎
代謝異常や内分泌異常により引き起こされる蹄葉炎を指す。内分泌性蹄葉炎を引き起こす要因のうち、治療・予防の観点から最も重要なものは「インスリン抵抗性」である。インスリン抵抗性が上がる、すなわちインスリンがうまく作用しなくなると、体がインスリンの分泌量を増やすため、高インスリン血症に陥る。このインスリンが蹄葉炎を引き起こす直接的な原因となる。
インスリン抵抗性が認められる場合、蹄葉炎の悪化を食い止めるためには、インスリン抵抗性を改善し、高インスリン血症を緩和する必要がある。インスリン抵抗性に陥る要因として、馬メタボリック症候群、PPID(クッシング症候群)が挙げられるが、肥満やPPIDの症状を呈していてもインスリン抵抗性がそれ程高くない場合もあるため、血液検査によってインスリン抵抗性を調べる必要がある。

 

ちなみに、インスリン抵抗性の増大は、肥満や糖尿病、蹄葉炎だけでなく、離断性骨軟骨症(OCD)やエンドトキシン血症とも関連すると考えられている。一方で、馬モーターニューロン病はインスリン抵抗性の低下(敏感度の上昇)と関連する可能性が指摘されている。
なぜクッシング症候群 (PPID)に罹患している馬は蹄葉炎を発症しやすいの?
蹄葉炎罹患馬がインスリン抵抗性を呈す場合の栄養管理
インスリン抵抗性が蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>
年齢・馬メタボリック症候群とPPIDとの関連性<獣医師向け>
PPIDの診断・インスリン抵抗性の判定<獣医師向け>
PPIDの薬物療法・高インスリン血症を緩和するための薬物療法<獣医師向け>

 

C 負重性蹄葉炎
反対肢の骨折などによる持続的な過度の荷重によって葉状層が虚血状態になり、発症する蹄葉炎を指す。
負重性蹄葉炎の発症が危惧される場合には、発症を予防する処置を行う必要がある。吊起帯を使用することが理想だが、難しい場合には馬房内に十分量の砂を敷く、あるいは蹄底に充填剤を充填すると良い。

 

D 医原性蹄葉炎
コルチコステロイドを投与することで蹄葉炎を誘発できたという報告は存在しないが、高インスリン血症など既に蹄葉炎の素因が存在する馬では、コルチコステロイドの投与により蹄葉炎の発症リスクが上がると考えられている。コルチコステロイドの投与が引き金となって発症する蹄葉炎は、医原性蹄葉炎と呼ばれる。
ステロイド系抗炎症薬が蹄葉炎を誘発するメカニズム<獣医師向け>

 

ちなみに、2017年に出版された専門書Equine Laminitisでは、現時点で明らかになっている原因別に、蹄葉炎を以下の3種類に分類している。
(1) 敗血症性蹄葉炎
(2) 負重性蹄葉炎
(3) 内分泌性蹄葉炎
食餌性蹄葉炎は、細菌由来の毒素が蹄葉炎の直接的な原因となることから、(1) 敗血症性蹄葉炎に分類される。一方で、青草の生えた放牧地にて飼育している馬が罹患する蹄葉炎(pasture-associated laminitis)は (3) 内分泌性蹄葉炎に分類される。

 

蹄葉炎の跛行グレード
蹄葉炎による跛行の程度にはバリエーションがあり、痛みの程度を表現するために以下の Obel grade が良く使われている。原因に関わらず跛行の程度を表現するグレード(AAEP gradingなど)が存在するが、Obel grade は蹄葉炎に起因する跛行に限って用いられる。
Grade 1 : 常歩では跛行が顕著でないが、速歩ではストライドの短縮が認められる。
Grade 2 : 常歩でストライドの短縮が認められるが、反対肢を抵抗なく挙上する。
Grade 3 : 歩くのを嫌い、反対肢の挙上にも抵抗する。
Grade 4 : 歩くことを拒否する。

 

蹄葉炎のステージ
蹄葉炎は進行の程度によって以下のステージに分類できる。

 

病態形成期(前駆期)… 葉状層の損傷が進行しているが、臨床徴候(症状)は認められない。
急性期 … 疼痛の徴候が認められるが、レントゲン検査により蹄骨の変位(移動)は認められない。
慢性期 … レントゲン検査により蹄骨の変位(移動)が認められる。

 

学術的な定義では「蹄骨が変位したものは全て慢性蹄葉炎」とされているが、臨床の現場では海外でも疼痛が著しい跛行開始期の蹄葉炎を急性蹄葉炎、慢性化した蹄葉炎を慢性蹄葉炎と呼ぶ場合が多い。

 

馬が突然跛行し始め、蹄葉炎の発症が疑われるとき、どのような応急処置が必要?
馬が蹄葉炎により突然跛行し始めたとき、葉状層は通常の体重負荷に耐えられない状態に陥っている。したがって、馬をなるべく動かさないことが最重要である。また、ブーツ等を用いて球節以下を持続的に冷却する必要がある(丈夫なビニルパックに氷水を入れて球節以下を漬け込みダクトテープで固定する方法、腕節から繋までを保冷剤等で冷却する方法もある)。多量の敷料を馬房内に敷いておくことも非常に重要だ。砂が望ましいが、難しい場合は大量のオガ、土などを敷いても良い。蹄底に敷料が詰まるような状態にしておくことで葉状層を引き剥がす力が小さくなるため、葉状層のダメージを小さくすることができる。鎮痛薬の投与や短期休養により一時的に疼痛が鎮まる場合があるが、この時期に運動させないことが非常に重要であり、蹄葉炎の発症が疑われる場合には、少なくとも1週間は馬房内で休養させるべきであるとされる。運動によって葉状層が剥離し、蹄骨が大きく移動してしまうと、痛みが鎮まるまでに非常に長い時間が必要になる。

 

蹄葉炎の原因は血行不良だと聞くけど、歩かせた方が良いの?
蹄は体重が大きくかかったときに蹄踵部が広がり、体重負荷が軽くなると元に戻るが、このように変形する時にポンプのように肢端から血液を戻す役割を担っている。これを蹄機作用という。

 

虚血は負重性蹄葉炎だけでなくその他の原因による蹄葉炎でも認められる。これは、細菌によって合成される物質などによって蹄内の血管が収縮しやすくなるからだと考えられている。したがって、単純に運動不足によって血行が悪くなり蹄葉炎を発症する訳ではなく、骨折などにより踏みかえることができない場合以外は、体重負荷による血行不良を心配する必要はない。蹄葉炎を発症したとき、葉状層は通常かかっている力に耐えられない状態に陥っているため、痛がっている馬を無理に歩かせることで蹄内部にかろうじて吊るされていた蹄骨が剥がれ落ちてしまう。痛みが強い時には、馬をなるべく動かさないことが重要だ。

蹄内の血管は、特に収縮しやすいという特徴がある

 

in vitro での研究により、指静脈は血管収縮因子(アンギオテンシン、トロンボキサン、ノルエピネフリン、セロトニン、エンドセリンなど)に対する感度が高いことが明らかになっている。一方で、大腸内で非構造性炭水化物の発酵が進む過程で、細菌によって静脈収縮作用のあるアミン化合物が合成されることが明らかになっている。実際に、消化性の高い炭水化物を自由に摂食できる環境に馬を数時間おくと、血漿中や糞中のアミン化合物の濃度が上昇する。食餌性蹄葉炎でも虚血状態に陥るとされているが、これは大腸内の細菌によって生成されるアミンに起因すると考えられる。

 

<参考資料>
1. Equine Laminitis p.217-225, 432-435
2. 新 馬の医学書 p.266-269
3. A. M. Firshman and S. J. Valberg (2007) Review Article: Factors affecting clinical assessment of insulin 
sensitivity in horses. Equine Vet. J. 39, 567-575