heel-upしたとき、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる?

大きくheel-upすると、深屈腱が緩む。
球節を保持する役割を担っているのは主に浅屈腱・深屈腱・繋靭帯なので、heel-upすることで深屈腱の負担が軽くなった分、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる、と言われる。

 

これはどの歩法においても正しいのだろうかか。あるいは、前肢でも後肢でも正しいと言えるのだろうか。現時点で報告されているデータをもとに、heel-upしたときの浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の負担について考えてみたい。

 

前肢
少なくとも前肢では、繋靭帯・浅屈腱・深屈腱が最も伸ばされるタイミングが異なる。

スタンス期における浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の張力
※ グラフの上方向に行くほど、腱や靭帯が伸びた状態であることを表す。

 

繋靭帯が最も伸ばされるタイミング…最大荷重時(スタンス中期)
浅屈腱が最も伸ばされるタイミング…最大荷重時(スタンス中期)
深屈腱が最も伸ばされるタイミング…反回時
このように、繋靭帯と浅屈腱が最も伸びた状態になるタイミングは同じだが、深屈腱が最も伸びた状態になるタイミングは異なる。

 

最大荷重時には球節が最大沈下するため、繋靭帯と浅屈腱は最も伸びた状態になる。一方で深屈腱は、最大荷重時に蹄関節が屈曲するために最も伸びた状態にはならない。深屈腱が最も伸びた状態になるのは、蹄踵が地面を離れる直前である。

 


最大荷重時の浅屈腱深屈腱繋靭帯

 


蹄踵が地面を離れる直前(反回時)の浅屈腱深屈腱繋靭帯

 

heel-upによって深屈腱の負担が小さくなったときに浅屈腱や繋靭帯の負担が増えるかどうかは、最大荷重時に深屈腱が負担している荷重の割合によって変わる。

 

● 常歩…深屈腱の負担が小さいため、大きくheel-upして深屈腱を緩ませても浅屈腱の負担はほとんど変わらない。
※ ポニー5頭の前肢浅屈腱・深屈腱・繋靭帯にセンサーを埋め込み、7°heel-upしたときに浅屈腱・深屈腱・繋靭帯の負担がどのように変わるのか調べたところ、浅屈腱の負担はほとんど変わらず、深屈腱の負担が小さくなった分、繋靭帯の負担が増えた。

 

● 速歩…深屈腱の負担は比較的小さいものの、heel-upして深屈腱を緩ませると、浅屈腱の負担がわずかに増える。
※ サラブレッド3頭の前肢浅屈腱にセンサーを埋め込み、蹄角度52°の蹄にヒール・ウェッジやトー・ウェッジを挿入して蹄角度を変えたときに浅屈腱の負担がどのように変わるのか調べたところ、5°のheel-upでも浅屈腱の負担がわずかに増加した。反対に、4°のtoe-upでも、浅屈腱の負担がわずかに減少した。

 

● 駈歩…深屈腱の負担が増え始めるため、heel-upすることで深屈腱が緩むと、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きく増える。

 

● 襲歩(ギャロップ)…スピードが上がるほど深屈腱の負担が大きくなり、深屈腱も球節を保持する機能を担う。したがって、深屈腱が疲労すると浅屈腱の負担が増え、浅屈腱炎に罹患しやすくなる。

 

後肢
後肢では、heel-upして深屈腱を緩ませると常歩でも球節が沈下しやすくなり、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなると予想される。

 

これを直接的に証明するデータは現時点では見当たらないものの、後肢の蹄が滑りやすくなると(蹄踵部に幅広の鉄橋を架ける、蹄底充填剤を入れるなど)、後肢の球節がより大きく沈下することが報告されている。

 


着地直後の後肢(浅屈腱深屈腱

 

これは、着地直後に蹄が前に滑ると飛節がさらに伸びた状態になるため、深屈腱が緩み、球節がより大きく沈下するからだと考えられる。

 


右後肢の飛節を横から見た図(右後肢・外側面)

 

後肢の浅屈腱は、踵骨隆起(飛端を形づくる足根骨である踵骨の隆起部)に靭帯で固定されている。飛節より遠位(飛節より下)の浅屈腱は後肢に荷重がのるにつれてゴムのように伸ばされ、荷重が小さくなったところで伸びきった浅屈腱が一気に縮むことで肢端を跳ね上げる役割を担っている。したがって、飛節の遠位(飛節の下)で浅屈腱を切断すると、球節が大きく沈下する。

 

一方で、飛節より上(近位部)の浅屈腱はあまり伸びないため、膝と飛節の前面を走る第三腓骨筋とともに膝が曲がったときに同時に飛節を曲げる役割を担う。これを相反連動構造という。

 


後肢の相反連動構造(reciprocal apparatus)(浅屈腱深屈腱第三腓骨筋
膝が曲がると浅屈腱と第三腓骨筋が飛節を持ち上げるため、飛節が同時に曲がる。

 

また、飛節が曲がると深屈腱が引っ張られるため、球節と蹄関節も同時に曲がる。

右後肢の飛節を後ろから見た図(右後肢・掌側面)

 

深屈腱は踵骨に固定されていないため、飛節が曲がるとピンと張ったまま載距突起(踵骨隆起の横に位置する突起)の上を滑らかに滑り、蹄骨を引っ張るからだ。このような構造になっているため、後肢では膝が曲がるとともに飛節、球節、蹄関節が屈曲する。

 


最大荷重時(スタンス中期)の後肢(浅屈腱深屈腱

 

後肢に体重がのると膝、飛節、球節が折りたたまれる(関節が閉鎖する)ため、飛節が曲がるとともに深屈腱が引っ張られ、深屈腱がピンと張った状態になる。これにより蹄尖が地面を噛む。
したがって、後肢では常歩から深屈腱が球節を保持する役割を担っているため、heel-upによって深屈腱が緩むと、繋靭帯や浅屈腱の負担が増えやすいと考えられる。

 

また、蹄が十分に沈み込む深い馬場で運動する場合、ウェッジ・バー等を用いてheel-upしなくても、エッグバーや連尾蹄鉄を装着することで蹄踵が沈み込みにくくなり、最大荷重時にheel-upした状態になる場合がある。この場合、同様に特に後肢では、浅屈腱や繋靭帯の負担が大きくなる可能性がある。

 

<参考資料>
1. Equine Locomotion p.105, 130
2. Paul R. Stephens et al. Application of a Hall-effect transducer for measurement of tendon strains in horses. Am J Vet Res (1989) 50; 7; 1089-1095
3.  J. E. Symons et al. Distal hindlimb kinematics of galloping Thoroughbred racehorses on dirt and synthetic racetrack surfaces. Equine vet J (2014) 46; 227-232
4. Sebastien Caure et al. The influence of Different Hind Shoes and Bare Feet on Horse Kinematics at a Walk and Trot on a Soft Surface, J Equine Vet Sci (2018) 70; 76-83